私情つうしん 第9号 1997年2月発行
応援席
私情つうしん へのメッセージ
by Kentaro ABE
by 山下寛子
by 小清水琢治
by Carole HISASUE
by 石原嘉人
by 高索佳子
by 大村朋子
by 安田 慎
by 森下和廣
by 松本祐希
by 山本靖子
by Yuanchen Chu
flower graphics courtesy of Ms. K. Sato
あなたも『私情つうしん』にメッセージをお寄せください。
最初に『私情つうしん』のホームページを見たとき正直いってうれしかった。ぼくは1975−79までをアメリカのニューヨーク、1987−89をオーストラリアで、通算すると7年半海外に住んでいました。正直なところ自分はこの何年間か中途半端な自分について悩んでいます。アメリカに住んでいた時は4歳から9歳と幼い年齢だったためか、そんなにアメリカに溶け込むのにも、日本に帰ったときもたまたま転入した学校が神奈川県の横須賀の学校ということもあり(横須賀は昔から米軍基地があるため外国に対する包容力があったと思う。)すんなり馴染めました。1年間たったあと今度は東京に引っ越したのですがその後が結構たいへんで、小学校の高学年から中学校三年間は人間関係についてとても多くの悩みを抱えていました。だから中学を卒業してからオーストラリアに行く事が決まったときは「えっ!またあたらしいところでやりなおし?」と思いました。正直いってそのときはちょっとうれしかったのですが今度はオーストラリア人の人間関係に溶け込まなければなりませんでした。でも今思うとそのときの自分じゃ溶け込むということに固執しすぎて「自分自身」というものについて軽視していたと思います。その結果中途半端な自分ができてしまい、逆に人間関係を築くのが苦手になってしまったと思います。「自分」という人間を大切にしていきていくしかない、じゃなければいつまでたっても中途半端になってしまうと思う。そんな考えをだれかと分かち合いたいと思ったのでメッセージをおくりました。
筆者に手紙を出す
お手紙は編集部にも送られます
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こんにちは。今回インターネットの検索で私情つうしんを見つけて読ませて頂きました。 私は、3年前フランスのNANTES市に親の仕事の関係で来ました。今18歳です。 『私情つうしん』を読んでいると海外の経験が長い方のはなしが聞けて、そうそうと同感したり、 日本に帰って苦労されているのを知り、大変だなあと思ったり、私自身あまり日本離れ出来てないので、 がんばっている人のはなしはすごいなあと思ったりしています。 一つ私が感じたことは、今、帰国子女というDefinitionがどこからどこまでかわからなくなっているということです。私は、15歳で渡仏しました。Nantesという日本人のすくない街で現地校に通っています。フランスという個人主義の国で、3年過ごしてフランスのいい所も悪い所も一通り分かったと思います。もちろん日本のも。
でも、フランス人の友達といてついていけないと思うことも山ほどあります。 今、私のように帰国子女に将来なるのに、性格は日本人という人を探しています。もしいたら教えて下さい。
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私は、インターネットを始めて間もない何も知らない人間です。今回、bekkoameの雑誌を読んでいて帰国子女という所で目がとまり、アクセスを試みました。非常に楽しい内容で楽しませていただきました。
私も帰国子女で、1歳〜小学校1年生までイリノイ州のシカゴに、中学3年生〜高校卒業まで旧西独のデュッセルドルフという町に父親の仕事の関係で住んでいました。帰国後、東京の大学に進学し現在ゼネコンに就職し4年目です。実家は東京ですが、新入社員以来札幌支店に配属され、帰国子女の仲間とのコミュニケイションもまったくない状態で、こういうホームページをみるとなんだか懐かしい思いがします。
これからも、こういうツールをもっと活用して、コミュニケイションがとれればと思います。海外にいる友人などにもひろげて行きたいと思っています。
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いつも『私情つうしん』送って下さいまして有難うございます。
今回も島田雅彦さんの「キコク」定義、やNora Kohriさんのこだわりなどなど、面白 くてthought-provokingな記事で満載ですね。
Hope all is going well with you and your endeavors!
編集部経由で筆者に手紙を出す
HISASUEさん宛と明記してください。
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『私情つうしん#8』を受け取りました。どうもありがとうございます。今回も興味深く読ませていただきました。中でも、島田雅彦氏の「キコクとは努力してなりつづけるものだ」という指摘は新鮮で面白かったです。さすが、表現者として文壇に登場して十数年の歴史を感じます。大学でロシア語科の学生だったころに書いたデビュー作を読んで以来、彼の作品には興味がなかったのですが、『つうしん』の中で紹介されていた作品を読んでみたくなりました。
古家氏の「日本人学校というアイロニー」を読んで、台湾に住んでいたころの記憶が懐かしく蘇りました。すっかり地元に溶け込んでいた僕たちは、たまに近づくと胡散くさい目で見られていたものですが、あそこで学んでいた子供たちがどんなふうに台湾で生活を過ごし、日本に帰ってからどんなふうにふるまってきたのか、初めてイメージすることができました。また、次の号を楽しみにしています。
筆者に手紙を出す
お手紙は編集部にも送られます
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私はモスクワとロンドンに通年7年間暮らしたことのある帰国子女です。ここでの帰国子女とは日本社会が定めた私のような日本の発展に伴い日本の都合により(父は役人でしたので)両親に連れられて海外での生活を経験し、日本に帰国したものです。『私情つうしん』はいつも楽しく読んでおります。色々な帰国子女がいるから。
さて、#8の島田氏のインタビュー記事を読んでの感想を述べてみたいと思います。
まず、とても不思議な事を言う人だと思いました。何故、帰国子女であることを努力するだの、しないだのと考えるのか。帰国子女とは努力してなり続けるものでは全くないと思います。何故なら日本社会が前述したような私たちをそう定義づけているからです。全く受動的な立場なのです。どうして、そのような受動的立場で置かれる事に対して積極的に努力できるのでしょうか? 帰国子女である事はその人の存在があり続けるまで帰国子女として回りから認識され、その先は帰国子女であろうと、なかろうと人間がそれぞれの環境の中で思い悩んだりしながら、自己表現を通して自己実現してゆくものではないのでしょうか。あくまでも私と帰国子女は同一人物なのですから帰国子女であることは私であることなのです。その私はこの社会のなかでどう認識されているのか、どこまで自己表現できるのか生きてゆきたいです。何故、私が帰国子女にこだわっている(適切な言葉ではありませんが)のかは、やはり似たような経験をした友人と共有できるものが多いからです。なんてったって私はこの社会では帰国子女ですから!
「パラダイムの逆立ち」とっても的確でおもしろかった。日本人学校出身者の友人が一人いるのですが、彼女も私といると皆の前では自分がロンドン帰りであることをあまり主張していませんでした。現地校出身と日本人学校出身とでは回りの認識の違いにより、帰国子女とは現地校出身者のみの事として捉えがちのようですね。
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