私情つうしん 第8号 1996年9月発行
この人に聞きたい!

島田雅彦さん

Shimada-san
作家

帰国子女ってなんですか?


 帰国子女が3人集まって始めたニュースレターは、読者に多くの帰国子女をもっている。けれども、帰国子女という言葉に対する感覚は発起人の間でも三者三様。「帰国子女の定義ってどんなの?」「帰国子女っていつまで帰国子女なの?」という質問を帰国子女本人たちから寄せられる。呼ばれている本人たちでさえ、よくわからないのだ。いったい、帰国子女ってなんだ? 肩書きか? 現象か? 経歴か? 入学試験の特別枠のための資格か?

「キコクっていうのはずっとなり続けるものです」島田氏は答える。「単に小学校の何年間か、外国で暮らしていて、日本に帰ってきた。だからキコクっていうんじゃないんです、それは。キコクになる努力をし続けるということなんです。そういう経歴があるからキコクであるのではなくて、努力してキコクになるものなんですね」。

 島田氏の作品には、キコクがメインキャラクターの小説がある。『天国が降ってくる』(福武書店)ではロシア暮らしを経てきた帰国子女が、『流刑地より愛をこめて』(中央公論社)ではアメリカからの帰国子女が登場する。そこに書かれているのは、ひところはやったバイリンギャルのようなイメージからは遠く、どこか文化と文化のあいだに落っこちてしまった、または、すすんではまりこんでいる、あるいはそこでしたたかに生き延びているようなにおいを感じさせる人物像だ。リアリティあふれるキコクたちのポートレートに驚かされるが、島田氏自身はいわゆる帰国子女と呼ばれる経歴はもっていない。
「いうなれば、ぼくは普通のネイティブの日本人だが、キコクから見ればサイボーグのキコクでね。つまり、自分で自らをキコクに仕立てようとしている偽キコク、なのね」それにしても、人工的になる、そして努力してなり続ける「キコク」とは何なのか。
「キコクが味わっている奇妙な世界。キコクが味わうことになる複雑な差別なり、あるいは優越感なり、劣等感なり、そうしたものすべてに興味があった」と話す彼は、『夢使い』(講談社)という小説の覚書にこう記している。

book 日本に生まれ育ち、日本語を話し、日本円で稼ぐ日本人である僕はなぜ日本のよそ者たらんとするのか? 観念的動機? それもあるだろう。ぼくは一貫して・亡命・にこだわってきた。単なるマゾヒズム? しかりといおう。ばくはいつでも何処でも自ら進んでよそ者になることで密かな快楽を貪ってきたつもりだ。

 日本のよそ者――。そもそも日本以外の場所で生まれた、あるいは日本語でない言葉を取り込んで育った子供たちにつけられた「帰国子女」という言葉は、そのような生い立ちを指すために生まれたのではなく、日本人でありながら「日本人」とは見なし難い日本人であったがために発明された名称だ。「日本」を共有していない「よそ者」でありながら、日本円で稼ぐ親をもった日本人。日本に住むこと、日本語を話すこと、日本人の親をもつこと、日本の国籍をもつこと、日本の文化を受け継いでいること、すべてを一緒くたにしてできあがっている「日本人」という言葉には、そういう人たちを収容するカテゴリーがなかったのだ。よそ者の要素をもちつつ、まったくの外来人とも見なされない存在としてキコクがあるとすれば、「あいだ」や「よそ者」にこだわりつづける「島田ワールド」の住人として、キコクはおもしろい存在であるにちがいない。実際、『天国が降ってくる』では、「批判的な語り手を設定するために、キコクの体験を生かしてみたい」と考え、日本の社会や文化や政治をキコクの目を通して描いたと島田氏は話す。いつのまにか「帰国子女」は、バイリンガル(それも英語の)や「海外育ち」という経歴の代名詞 になりさがり、深刻な顔で「帰国子女の日本への適応」について議論する時代ははるかに過ぎ去ったかの気配だ。そのかわり、よそ者としての「帰国子女」という言葉は比喩となり、ついでにいえば「キコク」とカタカナ化され、よりカジュアルになって生き延びている。
 日本人に生まれ落ちるのではなく、「日本人になる」ように、海外暮しからキコクが生まれるのではなく、「キコクとは努力してなり続けるもの」だ。「もちろん、その努力をやめたキコクっていうのもいるわけだけどね」と島田氏はいう。「よそ者であり続けること」の比喩としての帰国子女。「ガイジン」でもなく、常に何に対する「よそ」なのか、だれにとっての「よそ者」なのかを問われる存在。だったら「帰国子女」もまだまだ当分おもしろがれる。

by 大山智子

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