私情つうしん 第8号 1996年9月発行

OとFとの往復書簡


 この欄は、大山智子(O)と古家淳(F)の間の往復書簡という形の連載です。二人とも帰国子女、折々にもった疑問を互いに問い、互いに答えていくなかで自分たちの考えを深めていくことができればと思っています。
 飛び入り参加も歓迎しますので、どなたでも気軽に割り込んできてくれたらうれしいと思います。


受け継ぐもの

第8信−−OよりFへ


 翼をもつ。根を張る。アイデンティティの表現ってロマンチックですよね。でも、私としてはやっぱり「足で歩く」が一番リアリティがあるかな、強いていうなれば。
 ところで、そうやって動いて、歩いて、うろうろする人と歴史の関係ってどうなるんだろう、と気になることがあります。なんだか、漠然としているけれど。歴史といういい方でなければ、バックグラウンドとか、自分の範囲を越えた領域との関わりということができるかもしれません。
 歴史を「集団の記憶」といい換えられるならば、うろうろする人は一体、どこのどんな集団の記憶を共有するんだろう。どこのどんな集団の記憶を受け継ぐんだろう。神殿を、山地を、街並みを、湿原を「人類」の遺産として保護して残していくように、演劇や小説や歴史のヒーローや絵画もやっぱり「人類」の遺産として受け継ぐことができるのかしらん。もしそうなら、うろうろする人も気が楽になるかも。だって、その土地その土地で受け継いだ遺産がだるま落としのだるまみたいに断続的に積み重なっていることに、頭を抱えなくてもいいもんね。「人類」の遺産という一本の支柱をつくればいいわけだから。
 でも、実際には集団は「人類」単位ではあまり組織されていないですよね。家族とか、地域とか、学校とか。学校が記憶のシステマティックな伝達組織だとすれば、もちろん国という単位も登場するだろうし。そこで、学校の教科でいえば、国語とか歴史とかの内容が国単位で違うことになってくるんだろうな。ところで、それで思いだすのは私が通っていた学校のこと。校名に「国連」と冠のつくその学校には、さんざん様々な土地をうろうろしてきた人、当時東側と呼ばれていた国からきた人、国連加盟国と同じだけとはいわないまでもとにかくいろいろな国に所属している生徒が出入りしていたのだけれど、あの学校で学ぶことで生徒はどんな記憶を受け継いだんだろう。「人類」の遺産? 当時は宿題とテストをこなすので大忙しだったけれど、あの学校が何を発想し、何を伝えようとしていたのかを改めて考えてみると興味深いです。その答えがパワーポリティックスではないことを願うけどね……(笑)。
 歴史に限らず、どんな記憶を受け継ぐことができるか、あるいは受け継いでいるのか、それを考えられること自体がアイデンティティかもしれないですね。動いて動いて、受け継げるものを受け継いで。無自覚に「日本」とか「日本人」とかラベルのついたパッケージを受け取ることはしないし、自分がどんな集団に誕生したかということとどんな記憶を受け継ぐかというところには本質的なつながりはないんじゃないかとも思う。生まれ落ちた集団の記憶を受け継ぐためのきっかけとチャンスはたしかに多いけど。それよりも、関係が深いのはきっと言葉でしょう。だって、例えば日本語を受け継ぐことができれば、日本語でフォーマットされている記憶にアクセスすることができるし、英語なら英語の、中国語なら中国語の記憶にアクセスできるもんね。しかも、言葉は本来的に学ぶ人すべてに開かれているじゃないですか。ただし、その習得の道のりは子供にしろ大人にしろただごとじゃないかもしれないけど!

(O)


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