私情つうしん 第8号 1996年9月発行
岩波の広辞苑では
子女:1.むすことむすめ。子供。2.女の子。女子。「子女の紅涙をしぼる。」「良家の子女」
と記されている。
さらに
子:1.親から生まれたもの。2.小さいもの。幼少のもの。まだ1人前でないもの。2.若い女。3.従属的な位置にあるもの。
たとえ「子女」がこどもという意味だとしても、どうも「子」と「女」という組み合わせに納得がいかない。「子」は男の子を表し、「女」は女の子を表していると言われてもやはり現代の社会においては「こどもと女」としか写らないではないか。
今日は徹底的に「子」と「女」二つの文字の組み合わせから、「こども」と「女性」の存在にこだわってみた。
つまり女性、こどもとは日本の封建的な意識の残る戦前の社会の中で、地位は低く、法律的には何の力もない存在だったのだ。「女・こども」は軽視され、家庭内のことにさえ発言権はなく、さらに能力も評価されず、尊厳すら認められないような存在だったのだ。
そこでこの「女・こども」ということばを連想させる「子女」は時代にそぐわないことばとして使用をためらうべきではないかと思った。みんなが疑問を持ち、使わなくなればことばは自然消滅し、歴史の中に封じ込められていく。「子女」はそれに値するのではないかと思う。
まずは海外へ行く親が最初に訪れる海外子女教育振興財団あたりから意識革命を始めてはどうかと思う。『海外子女教育』という雑誌の名前も『世界にはばたくこども達』『地球っ子』なんてタイトルはしゃれてないだろうか。今のタイトルは毛筆文字が用いられそれなりに日本の郷愁をくすぐる効果はあるかも知れないが、いっそのことゴシック系の文字の方が若者にアピールするのではないかな。
まあ、mind your own businessの精神からいくとまずは自分は口が腐ってももう自分のことを「帰国子女」とは言わないようにしようと決めた。これはあたかも「どうぞ女・こどもを無能力者としてご覧下さい」と宣言しているようにさえ響くからである。(皆さんはいかがでしょうか。)
またこだわってしまった。そしてこのこだわりから新しい発見が生まれる。日本はまだまだ疑問に満ちた世界で私のような理屈っぽい人間にとってはとてもチャレンジのしがいのある世の中だと一人にやにやしている。
さあ、今日の独り言はこのへんで。次は自分のルーツ、アイデンティティ、国という概念、国へ帰ってきたという認識のあるなし、こんなあたりにもこだわってみませんか。