私情つうしん 第7号 1996年6月発行

ちゃんぽんでも
ええやないか!

by Nora KOHRI


 我々帰国子女の多くは海外で、日本語と現地語との両立をおのずと求められてきた。家の中では日本語を、外では現地語を強いられた。そして両方を交えて話す、いわゆる「ちゃんぽん」的な話し方は避けるように仕向けられ、さらに帰国後は「かっこつけてる」などときらわれた。
 しかしここで私は言いたい。「ちゃんぽんで話してどこが悪い!」と。関西の人が東京に来てもシンガポールへ行っても関西弁を話している。秋田の人が秋田弁をアメリカで話している。
 私は言語とはcommunicationの手段であり、何語で話そうが相手に通じればそれでよいのではないかと思う。さらにことばはその人のidentityの一部でもあると思う。ことばと共に成長し、生活してきた。当然その言語をこよなく愛し続けてきた。さらにそこには誇りすらあるのだ。
 何も九州弁が出るから恥ずかしいとか、いなか者であることがわかるから恥ずかしいとか思う必要はないではないか。故郷に誇りを持て。
 我々帰国っ子も日本語plusαの言語がわかる人と話すときにそのplusαを交えて会話をすすめても何も悪いことはないと思う。むしろその方が相手に的確に意志を伝達できること間違いなしなのだ。
 英語を交えて話していても決してかっこうをつけているのではない。単語を日本語で知らないから使っているのでもない。単にそれが自然で、最もfullに言いたいことが表現できるからに過ぎないのだ。
 わかってもらえなくてもいい。私はmultilingualの人達にもっと堂々とmultilingualであることに誇りを持ち、「ちゃんぽん」で話すことに恥じらいを持たないでほしい。
 そしてそれをどうしても理解できずやはり「かっこつけてんじゃないの。帰国の子って」とわかってもらえない人達に是非我々alien (地球人)がどうして「ちゃんぽん」で話したいか、そう話すことが本来自然であることを以下で伝えたい。

現地の生活が長くなるに
つれ死んでいく日本語

 日本を離れ何年もたつと、自然と日本語からも離れていく。現地校に入るとその忘却speedはなおさらである。親との会話は何とか日本語を維持するが、話すことは限られていく。
「わかった、あとでやる」
「そう」
「ちがう」
やがて親との簡単な受け答えから英語に変わっていく。
" All right "
" I know"
" I'm coming"
" No! "
 日本人とのcontactが薄い地域では家族以外の人達と日本語を話す機会が全くなくなるし、その必要もなくなる。周りの友達がみんな現地の人になれば、当然現地のことばだけに囲まれた生活になる。
 たまに書く日本の友達への手紙も年々短くなり、簡潔になり、さらに誤字が増える。その恥ずかしさからますます書かなくなる。
 やがて自分の中の日本語の割合が小さくなる。何年も話していないともしかしたら間違って話しているのではないか、相手に通じるだろうか、恥をかくだろうか、言いたいことが言えるだろうかと日本語に自信がなくなる。そして日本人でも英語のわかる人には英語で話し、伝えたいことが一番的確に、自信を持って伝えられる言語を選択するようになる。

 

海外ではきれいな
日本語を話す努力をする

 ことばは生きていると言われる。つまり時代と共にことばは変化をなす。江戸時代の会話を平成の若者が理解するのがむずかしいように、ことばは流行語を含め毎年変化する。
日本の日本人:
「それ超まじ?」
現地溶け込み型日本人:
「それは真剣に言っているのですか」(少々直訳的になる)
 年代によっても当然話し方は違う。最近では自信のなさを強調するがごとく尻上がり的な疑問肯定文が若者の間に目立つ。
「それが感情?」
 さて、海外では日常生活に日本語が浸透していないがゆえに、流行のことばを身につけることはほとんど不可能である。日本のビデオにのみ接し、日本人との間でだけ暮らし、日本語しか話さないのであればいざ知らず、現地校へ行くものにとってはどんなに流行ことばがビデオで耳から入っていても日常的に同年代のものと話すことがないので、頭の中でことばが生きておらず、いざ話そうと思っても出てこないのである。
 そのため、日本語を正しく、きちんと話そうと努力をすると現地溶け込み型のこども達の日本語は「教科書日本語」、「とても丁寧な日本語」とならざるを得ない。ちょうど外国人が日本語を習いたてのときより少しbetterな日本語と同じになる。
日本の日本人:
「冗談じゃないよ」
現地溶け込み型日本人:
「それはできないと思います」
 さらに、くだけた日本語会話が話せない。まじめ人間だと思われてしまう。時代の会話の流れに流暢に、rhythmicalに乗れないのである。もちろん数ヵ月で慣れるものであるが、最初はあの会話に入っていけない。溶け込めない、入ろうと思うのだが今一つ自信が持てないというのが本音である。さらに自分だけ目立ってしまい、まじめ人間というレッテルを付けられたあとは尚更入り込むchanceがない。この段階で多くのものが貝のごとく口をつぐんでしまう。
 しかしこの間に少しづつであるが、自分の中で新しい日本語会話を試していく。教科書会話の中に現代日本語会話が組み込まれ、最初は少々ぎこちなさを伴うがあいづちから始まり、やがてどちらかに統一され、状況に応じて日本語の使い分けができてくる。

カタカナことばが
飛び交う現代の日本語

 また海外の多くの若者は今日本でどの程度の外来語が日常会話において頻繁に使われ、浸透しているのかがわからない。実際想像以上にカタカナ用語が日本語の中に生きている。下記のことばなど、外国に住んでいた日本人は苦労してすべて日本語に訳して話している。しかし日本ではもう市民権を得たカタカナ日本語である。
「ネガティブイメージを受ける、ケース・バイ・ケースだ、アグレッシブな人、シャイな人、コメント聞かせて、もうそれでファイナルよ、イデオロギー、温かさキープ、クリアした、リラックシング、シチュエーション、センテンス、アンビリーバブル」
 さらに現地語で考える傾向が日本に帰ってきても残るため、常に現地語を頭の中で日本語に訳しながら話す癖がついてしまう。そのため、すっかりカタカナ語として浸透している簡単なことばすら訳して話してしまう。
 また日本語をきれいに正しく話すにはカタカナ語を使わないようにせねばならぬと頭の中で信じている。そのため、どの程度の外来語が今日本語会話にはびこっているかを知らないとカタカナ語なしの会話はどことなく若者の会話としては不自然に聞こえる。
日本の日本人:
「そのカメラでキャッチしたものをインプットして」
現地溶け込み型日本人:
「その写真機で写したものを入力して」
 その結果「あの子って、外国生活長いからおもしろい日本語話すのよ」と言われてしまう。別に相手は悪気があって言っているのではなく、外国帰りはこのような鋭い観察を受けてしまう。(ちなみに新聞は日本語の外来語をcatchする最も有力なsourceである。海外では中学生から読むとよい。)

日本語と外国語が共存する
mix-bilingual(ちゃんぽん)の会話

注:mix-bilingualとは私、ノーラ・コーリが発明したことばである

 しかし、そこまで現地に徹し、現地に溶け込んだ生活をしてきたものは、日本に帰ってきたからと、そう簡単に日本語だけの生活に自分を固められるものではない。なんとかbilingual、trilingualを維持して自分の財産とし、生かせる職業にもつこうとするであろう。外国語を話すchanceも自らすすんで得ようとするであろう。外国語を読み、書き、聞くchanceも同じように保とうと努力するであろう。その結果、やはり頭の中は日本語と外国語の両方が共存する結果となる。
外国語を外国人と話すとき
 日本語からの外来語が存在しない外国語を話すときはさほど気をまわさなくても気軽に話せる。つまり「すもう、きもの、すき焼き、ふとん」など日本語が外国語で外来語として使われている例は大変限られているからだ。
外国語で日本に長く住んでいる外国人と話すとき
 日本ではなかなか駐在で来ている外国人と友達になる機会がない。まず彼らが集まるところはアメリカンクラブ、アメリカンスクール、インターナショナル系の教会、インターナショナル系の学校、それぞれの国の集まり、それぞれの集まりの中で企画された活動の中(生花教室、日本語勉強会、日本を旅する会、日本食食べ歩き会、習字教室、おりがみ教室、外国人のための出産準備教室、外国人のための育児サークル、墨絵、日本料理教室)などである。地域的にも彼らは都心などの外国人の多く住むアパートに住む。
 それに対して日本へ帰国した駐在員若手はどうしても千葉のあすみが丘、埼玉の柏、神奈川の青葉台、など郊外に住居を構える。都会の賃貸でも駅から歩いて15分くらいの不便なところであったり、郊外と呼ぶ地域の一歩手前であったり。そのあたりに外国人駐在員はさほど多くはいない。せいぜいインターナショナル系の学校の近辺に住む人達くらいである。
 しかしその中でたまに会えるのが日本人と結婚した外国人である。彼らは日本での滞在年数も長く、日本語も比較的流暢に話せるようになっている。これらの人にもなかなか会う機会は無いのが現状だ。外見が外人であれば他人でも外人同士互いに声を掛け合うが、日本人の顔をしているものが外国人に声をかけるのにはかなりの勇気がいる。

 彼らは外国語の中に実にたくみに外国語にはない日本語特有の表現を組み込んで話す。
".....then Mary had no choice but to take that exam, しょうがないね"
"She is still in 幼稚園"
 帰国したbilingualにとって彼らとの会話はとても気を使わず楽である。
日本語を外国語のわかる人と話すとき
 このような状況のもとで話すときが最も自分をfullに表現できるときではないだろうか。それには二通りの方法で行なわれる。
・ 日本語の文を基本に、日本語で表現しにくいニュアンスの単語のみを英語に置き換えて話す方法。
「だからそっちの方が comfortable なのよ」
「あとでまたremind してくれる?」
・ 日本語だけで話していて、突然外国語だけにする方法。日本語で表現しにくいsentenceにぶつかったり、日本語では感情的に聞こえたり、強すぎて言いにくいと思えたりするものが、外国語ならばすんなり思いを表現できる場合、あるいは外国という状況settingで話したい場合、その時点ですっかり外国語の文章に変えてしまう方法である。つまりこのような状況では日本語の脳と外国語の脳がたくみに交差する。俗にいう「〜語で考える」と「日本語で考える」との間ですさまじい切り替えをしているときである。
「そこには限界があるわけよ。For instance, there is no way you can 〜」
「車が曲がってきて、when he hit the curve and through the intersection 〜」
 さらに、相手が突然外国語で質問したり外国語の単語が入ったとき、つられて外国語の文章で答えてしまう場合がある。
「具体案としてはまとめられるかもしれないけれど現実にはね。Well, what do you think?」
「I think if you allow the circumstances to follow then it may be a 〜」

「結局 fair じゃないから」
「It's just not fair 」

Japanese students abroad
アメリカ、アリゾナ学園で学ぶ子どもたち
(本文とは関係ありません)


外国語がわかる人と
話すのが一番楽

 このようにいろいろな形で頭の中では外国語と日本語が交差するのだが、帰国っ子の武器は本当に自分の言いたいことをfullに表現するために実に上手に外国語と日本語を使い分けていることだ。日本語だけではどうしても表現が不完全な部分を外国語で補うことによって、日本語にはない表現を分かる相手に的確に伝達できることである。当然その外国語の分かる人と話すことが一番comfortableなのである。これは決して日本語を粗末にしていることでもないと思う。
 一番よい例が I love you ではないだろうか。日本語で「愛している」と言っても、英語圏に長年住んでいるものにとっては今一つ気持が通じない。はがゆくなる。移民から成り立つ国などでことばをたくみに使う民族に交わってきたものにとってはどうしてもそのあたりの日本語のvocabularyの不足を痛感している。
 日本語ではどうしても気持ちが伝わらない、あまりにも露骨でムードがだいなしという結果になることがある。そこを日本ではおそらく以心伝心やbody languageでcoverしているのだと思うが、さらに詳しく例を上げると、日本語しか話していない人はbody language(非言語)というもうひとつの言語で相手に意志伝達をしているのと同じである。当然body languageがcoverする部分がことばではどうしてもうまく表現できない。それをmultilingual人間は外国語というもう一つの言語(日本語だけの人から見ればこれも非言語)で補っているのである。
 また、方言を使う人の例を考えてみてもそれは納得できる。「ぬくい」という表現が標準語にはないかもしれない。また、その地方独特の気候や文化にあったことばも標準語には存在しない。そのため、沖縄の人は東京に来ても同じ沖縄出身者とは方言で話したり、たとえ標準語でもその中に沖縄にしかないことばを引用して相手によりいっそう理解できる手段を選んでコミュニケーションをはかるのだ。
 ことばは雰囲気すらかもしだす。関西弁で私が好きな「それはあかんわ」は私にとって会話の潤滑油であると思う。標準語にはない方言のニュアンスは日本語にはない外国語のニュアンスと同じだ。そのニュアンスをどうしても伝えたい場合には二言語あるいはそれ以上の言語を用いてもよいと思う。

チャンポンでも
ええやないか

 東京にいるから標準語を話せ、日本にいるから日本語だけを話せという強制はもはや自分のcommunicationの幅を狭めているだけではないだろうか。相手が理解できる限りにおいてお互いにいちばんよく理解できる言語で話せばよいではないだろうかと思う。
 要はその使い分けができるかできないかの問題である。場面、場面において、誰を対象に話しているかで使い分けができるかどうかなのだ。目上の人や年輩の人に話すときにきちんと彼らが分かることばで、offendしないことばで話せるかどうか。外国に長いこと暮らしていた日本人にむずかしい日本語は英語を使って補えるかどうか。これはcourtesyとも言えるだろう。
 Communicationは道具なのだ。その道具の使い方は目的に応じて変えていってよいと思う。だから私は言いたい。英語と日本語のチャンポンで話して何が悪いのかと。
 なぜ1つの道具にこだわることがあるのか、ということだ。やれinternetだのとglobalizationが進む中、言語という道具を多く持ち、うまく使い分ける地球人がおおいに世界にはばたいていくことを私は夢見る。

1996.4.1


Nora Kohri:
日本、アメリカ、日本(東京→福島→東京)、カナダ、日本、シンガポール、日本と移り住む中でマスターした言語は日本語、英語、フランス語、中国語、マレー語、タミール語。しかし自称、英語と日本語のバイリンガル。現在、医療ソーシャルワーカーの経験を活かして海外出産、育児コンサルタントとして活躍中。

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