私情つうしん 第7号 1996年6月発行
私はいわゆる「専業主婦」の身分だが、月に3回、パートタイムで働きに出ている。
持病の狭心症と神経痛を抱えながらの話しだからそれ以上はムリである。仕事上の肩書は「英語塾講師」だが、出かけて行く場所が東京、大阪、そして九州の宮崎なので、私の友人たちは「何がパートタイムよ!」と呆れている。しかし月に3回はフルタイムではないから、あくまでもパートタイムだと考えている。海外育ちは言葉にこだわるのだ。こだわりついでに私は「講師」ではなく「訓練士」なのだと言いたいが、これがなかなか御理解いただけない。やっていることの内容は「異文化対応と、英語発音のための訓練」であり、英語で言うと「Training for cross cultural awareness and English pronounciation」ということで私はまさしく訓練をしに行っているのだ。日本語と英語では文化がちがうから当然、音の作り方も呼吸や発声もちがうので、只の講義だけでは音は出来ない。そこで舌を固くする方法や、口のまわりの筋肉の動かし方や、音をききわける訓練をやる。訓練方法の一つ一つについて「何故これが必要か?」という理由があるのだがそれが異文化対応の訓練と重なっていて、実際に体で音を作ってはじめて文化のちがいがわかる。
もう20年程、この訓練をやっているけれど、教育される英語、講義だけの英語にみちあふれている日本社会では、しばしば珍獣、又は珍活動扱いにされてきた。あるTVのアナウンサーが訓練をじっくり眺めたあと、「全国でもここだけでしょうね、こういう訓練をやっているのは……」と言ったけれど、日本文化の中で「ここだけがやっている」なんてことはあまりよくないことに属する。しかし老いたる帰国子女の私は常に珍獣だったことに馴れていたから「ハハハ!」と笑っただけだった。何を言われてもシコシコと訓練をつづけてきた理由は昭和51年頃、見学にやって来た平泉渉と言う議員さんがのべた言葉の重みが忘れられなかったからだ。
「中津さんは自分じゃ気がついていないようだが、この訓練は誰もが出来るものではないね。何故かって中津さんは、英語にも日本語にもちょうど等距離の所にいて二つの言語を比較している。だから正確なんだ。きっと二つともあなたにとっては外国語なのだろうね。しかしふつうの日本人にとってはそうではない。母国語を距離をおいてみたり、きいたりするのはムリなんだ。」
平泉氏は外交官出身で外国滞在も長く、更に世界各国がどのような外国語教育をしているのか比較研究をしていた人だったから、私の海外育ちから来る母国語との距離に気づいたのだろう。言われた当座はポカンとしていたが、訓練をつづける中に私は心底「成程」と思わざるを得なくなっていった。たしかにふつうの人にとって日本語を客観的にふりかえる必要はない。しかし「国際化時代」にむけて激変している時外国語をやろうとする人々には絶対不可欠の「自己と他の客体化とその比較分析」訓練ではないだろうか? そう考えてつづけてきて20年後の今、この訓練の重要性に気づいた若者たちもふえている。
自国と他国、母国文化と異文化を等距離で観察、分析することは、まさに帰国子女が出来ると思うから、やってみたら? ダメ?