私情つうしん 第6号 1996年4月発行
応援席
私情つうしん へのメッセージ
by 平松樹理子
by 河野陽子
by 柴崎由良
あなたも『私情つうしん』にメッセージをお寄せください。
私、「帰国子女」歴25年目で、私の知っている限り、この言葉が一般的になる以前からのものですが、仕事上での社内電子メールの世界から昨日初めてインターネットの世界に入ったばかりの'brand new kid on the block'です。
昨夜は習性からか仕事関係(アメリカのエンターティンメント会社)のものに没頭していたのですが、今日アクセスしたときにふと、海外でそだった方達もきっと何かホームページを作ってらっしゃるのではないかと思い、帰国子女でサーチしたころ、『私情つうしん』を見つけ幾つかの記事を読ませていただきました。
現在の仕事に付いてから年齢のせいかはたまた仕事に追われてか、これらのissuesを忘れていたので、昔は色々言いたいことがあったとか、本を書き始めたのにあれはどうしたのかな?とか、10年近くぶりに自分の体験について思い出しました。
そこで思ったのですが、帰国子女に対してはいつ、どこへ、いくつの時、何年間、現地校だったか、帰国後どこへ、どんな学校へ、親の教育等など余りにも多くのvariablesがあり、他の人の役にたつがどうか分かりませんが、少なくとも私の場合は一時帰国をのぞいた10年余りの海外生活より14歳で帰国した後16年程つづいたfrustrationのルーツが分かった時にそれが解消されたと言うことです。それは接触する人間が私の行動や発言などにたいして「あなたはアメリカで育ったから」または「You say that because you're Japanese」と分類されることにfrustrationをおこしていることに気が付きI want people to say「you do what you do because you're Juriko」と思った時でした。国籍が日本であること、海外で育ったことは私のidentityの一部であります。他のパーツを合わせ自分という人間があるわけで、だれが何と言おうと私は私でしかないと思うようになり、少なくとも「帰国子女」というラベルへのこだわりはなくなりました。自分がこだわらなくなると他人が何と言おうと気にならなくなり、相手がこだわっていると感じなくなるものなのかもしれません。帰国子女と呼ばれる理由となる体験(海外生活)に対しては誇りをもつことと、こだわることは違うことなのではないでしょうか?私は誇りに思っています。How about you?
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“帰国子女受け入れ校の一般生”という身分を離れてそろそろ1年たとうとしています。実をいうと、大学に入った当初はうまくなじめず、(こう言ったら帰国生の友人にしかられましたが)なんだか“帰国子女”にでもなったかのような気分ですごしていました。それでもどうにか2年生に進級できそうですし、なんとかsurviveしてきたかな、という感じです。
『つうしん』#1〜4の読み方、受けとめ方が、この1年で大分変わったかもしれません。要するに、「帰国子女」というタームを「自身のアイデンティティのあつれき」的なとらえ方しかできないので、今、所属している社会への安定感が増すほど、記事のひとことも少しずつ遠くなってゆくのです(とても悲しいことですが)。
あれれ、私は私情つうしん不要論をとなえたいのではありません。「キコク」のひとことにしだいに距離を感じつつも、2カ月に1度新しいつうしんを読む度に心の奥で何かが騒ぎます。今だってそうです。30分程前に郵便配達の音が聞こえて、ポストをのぞいて、封を切って…… なんだか慌ててペンをとったはいいけど、私は一体何を書いているんだ?
やっぱり、私は、大勢の中にいるわたしとは何者か? という問いを忘れたくないのだと思います。つうしんの中に度々出てくる「こだわり」という言葉は、私がつい最近まで悩み続けたこと、高校に入ってからこのかた、今も続くある種の居心地の悪さにも似ている気がします。(ちがうかな^_^!)
あと、サポーター宣言します。帰国子女でもないし、英語もトルコ語もどっちつかずですが、なにか力になれそうなことがあったらぜひご連絡下さい。
風のつよい晴れた日に
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#5の『私情つうしん』は、今までの中で一番、共感をもてた記事がたくさん載っていました。加山さんの「俺のある一日」は愉快だったし、大山さんの「世界観を変えたニホンゴ」に登場するYさんは、私に似ているし、とにかくおもしろかった。特に読みが深くて感動したのは、「応援席」にあった沢田さんの記事です。知り合いに聾唖者がいるけれど、彼等も日本にいながらにして手話を話す異文化に育っている人たちです。自分を他の文化圏に住んでいる人にいかにアピールしたり、コミュニケートしたりすることが大切かを、あらためて考えさせられました。
話しがアイデンティティに移りますが、私はどこへ行っても「帰国」している感じがしないので、帰国子女とは限定できないかもしれません。いわば、母国がない人間って感じです。でも、クリスチャンなので、例えばインドネシアやシンガポールへ旅行へ行った時、日曜日にその土地の教会へ行くとなじみの讃美歌が歌えたり、聖書を読んだりして心が落ち着くことはあります。どこでも教会さえあって、地元のクリスチャンの人に暖かく迎えられれば、そこが家といった感じです。国だけに限定して考えた場合、日本にいても一般人とは少し異なるけれど受け入れられているし(東京だからでしょうか?)アメリカでも日系米人に見られています。このクリスマスにアメリカでのんびり過ごしたのですが、買い物なんかしたり食事なんかしたりしていると、幾度かアメリカに住んでいる者にまちがわれ(道なんかも聞かれてしまって)不思議な気分になりました。言葉が分かっていても住んでいる者ならよく知っていること、例えば手紙に切手をいくら貼るとか、どうやって銀行でお金をおろすのかといったことが分からなかったので、アメリカでも帰国子女している感じがしていました。
日本だけでなくてアメリカでも帰国子女をしているってことは、やっぱりどっちも母国だし、日本でもアメリカでも帰国子女っていう結論ですかね。母国という意識があるようで、ないような、ないようであるような人間なのでしょうか。仕事も今のところは日本の学校の教員ですが、他の国のインターナショナルスクールやアメリカンスクールでその気になれば仕事はできると思っています。舞台が日本だけにとどまらない自由があって、子供の頃の苦しい経験が生きていてよかったと思います。
筆者に手紙を出す
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