私情つうしん 第5号 1996年2月発行
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私情つうしん へのメッセージ
by 沢田ゆかり
by 原 裕視
by 津田 正
by 平子友長
by 長門いづみ
by 荒木隆文
by 萩原Susan陽子
by 大津由紀雄
by 寺尾栄子
あなたも『私情つうしん』にメッセージをお寄せください。
=“海外子女”にこだわりたい=
『私情つうしん』#1〜3をお送り下さいまして、誠にありがとうございました。遅ればせながら御礼申し上げます。さすが本音マルダシの素が良く効いていて、コクのある仕上がり。感服いたしました。私としましては、O-F往復書簡が面白かったですねぇ。#1のrepatriated childrenという名称が、なかなか良い。最初は「repatriatedといえば、本国に強制送還されたべトナム難民にも使う言葉だし、暗いイメージあるなぁ」と感じたんですけどね。でも親から帰国を告げられたときの自分の心境は、「ええ〜っ、どうしてアメリカに住んじゃダメなの。私はアメリカに永住したいよ」というもんでしたから、本人の意志と関係なく移住が強行されたという点では、オーバーでも「強制送還」という方がぴったりしてましたね。
帰国に際して、ウチのとーちゃんは「会社の都合で帰るんや」とあっさり本音をいうんで、「そんなん、会社の勝手やんか」と文句をいうと、「そもそもアメリカにきたのも会社の都合やねんから、それがなかったらお前は今ここにおらへんのやぞ!」だって。これって典型的な「親の論理」ですがな。そういえば「お前の製造責任はワシにあるんやから、ちゃんと改造するのもワシの義務」なんてPL法みたいなことをいわれたこともありました。やっぱり子供は大人の世界の難民なのね。
もうひとつ往復書簡の感想としては、オーヤマさんの文章がかっこいい! でも私の心情としては、Fさんのいってるこだわりの方が近いんです。というのも、帰国子女の体験を「個人の問題」に還元するだけじゃつまらない、と思うからなんですよ。確かに「他人は他人、自分は自分」という認識をしっかり持つのは大事でしょう。安易に「帰国子女」をおおざっぱに分類して典型を抽出して、そのうえで議論されるのは本人としてはムカつくし。なにより現実にいま悩んでいる人には、「他人は他人、自分は自分」と個人ベースで考えた方が生産的でしょう。でも私は社会人になってからですが、対処療法じゃない「帰国子女」の議論の方に興味が湧きます。
こんなことは文化人類学者や社会学の研究者に任せておけ、といわれるのかな。でも個人の覚悟と社会的な位置って、別の次元で考える必要があるんじゃないでしょうか。そして社会のなかで生きていく以上、私は自分の立場を個人だけじゃなく社会的文脈のなかで説明するための道具を磨けばいい、と思っています。
たとえば私の職場に聾者の同僚が一人いるんですけど、彼は自分の心構えとしては「手話という言語を使う人間」であって、「耳の不自由な人間」ではない、と自分に言い聞かせています。そして耳の聞こえる同僚達にも「外国語会話クラブ」のノリで手話サークルを組織して、手話を広めています。まわりもそう接するようにしている。でもそれはあくまでも個人レベルの覚悟として有効なんですよね。
実際にそのM君が就職してからまわりの者が「M君はM君であって、われわれがヘンに配慮するのはかえって良くない」と思うだけでは片づかないことが次々と起きました。M君が電話じゃなくてFAXを個人の席にほしいといったときも、役員は「キミだけ特別扱いできない」といったし、海外駐在の面接試験を受けたときには、手話のできない役員が「キミも奥さんも耳が不自由だから、今の職場なら仲間が手話通訳してくれるけど、海外じゃそうはいかんだろ」といって、失格にしようとしました。そのときに役員に伝わるような理論武装をいちばんしっかり見せたのは、あたりまえと思われるかもしれませんが、当のM君だったんです。われわれ同僚の方は「そんなの身障者差別じゃん」と一度は無視したはずの理屈にすがるしかなかった。でもM君は、現実に起こりうる問題とその解決方法を一つずつ役員に示して、「全部解決できるわけではないが、自分はそれを引き受ける、海外に行ってもまわりの人も協力してくれるように、自分が要請する」といって説得したんです。そのときに必要だったのは、「聾者であること」はどんなことか、の認識を役員に伝えることだったんですよ。
あまり適切な例ではなかったかもしれませんが、要するに「海外子女」を特定個人の特定体験だけで片づけるより、社会のなかでのありようを考えた方がおもしろいんじゃないかと思っているんです。もちろん答えなんてないし、「海外子女」イコール何々という1対1の定義を急ぐのはイヤ。具体的な個々人から出発した方が良いと思う。私にとってはそれがbe personal(編集部注:第1号「『文化』は名詞か形容詞か」)ということなんです。でも学級文集じゃないんだからさ、「こんな体験をしました」の羅列だけじゃ、その体験を共有しない人には届かないよ。「海外子女」には、日系企業の海外進出や労働力移動、日本人学校の変容などなど文化だけじゃなくて経済からも歴史からも政治からも興味のつきないテーマがいっぱいあるのに。まぁ華僑の教育問題をやる専門家がいるんだから、きっともうそんな研究をやってる人はいるんでしょう。私はもし本を買うとしたら「主婦の見た××」とかいう駐在員日記だけじゃなくて(それもいいけどね)、もっと一般性をもった分析を見たいな。聾唖者や少数民族に比べれば、「海外子女なんて、それほど問題じゃない」という強い人は、別にそんなことを面白いと思わないのかもしれませんが。
また一方的に自分の感想をぶちまけてしまった。沢田さん、ワガママだからねぇ。なんだかお礼状としての機能を放棄してしまった内容ですが、これで懲りなければまた『私情つうしん』を見せてください。
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お手紙は編集部にも送られます。また本人いわく「めったに電子メールを使いませんので、お返事がいつになるかわかりません。」
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大山女史などに簡単に旗をあげないで“帰国”にもっとこだわって反撃することを期待します。新しい年が何とか良い方に向かうと良いのですが……。ご活躍を!
(編集部注:「往復書簡」#2と#3のやりとりについて)
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#4は、ページ数の点で言っても、内容的に言っても、読みごたえのあるのは Nora Kohriさんのです。
「彼らは安心を得、やっと納得できたのだ」の「彼ら」って、自分のことかなあと思ったり、「柔軟性に欠けている」のは自分かなあ、とか、少々、つらい気持ちになるのも事実ですけど。
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『私情つうしん』#4巻頭の森田さんの“「優しさのかけら」はどんな人にも存在しているはず……”以下の文章の美しさにハッとさせられ、一気に全頁通読してしまいました。
どれも興味深い記事とメッセージに満ちておりますが、私が最も感動いたしましたのは、中津燎子さんの「ペキンスカヤの中庭で(2)」です。「つかみ語」と「しこまれ語」の対比も見事ですが、“風の音が好きで、風と話をするのを楽しんだ”という記述には、思わず涙がこぼれそうになりました。こんなに豊かな子供時代の思い出を抱いて生きることのできる人は、さぞ幸せだろうと思いました。中津さんという人の語りを通して、子供時代のもつ途方もなく豊かで輝きに満ちた可能性について、目を見開かされた想いがいたします。続篇を楽しみにしております。
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お昼休みを利用して『私情つうしん』について小さな私の意見を送ります。
1) 投稿された文章に対して何か意見が集まればいいのですが、「言ったきり」「書いたっきり」で、終わっているように感じます。そこで、新聞のように何か1つテーマを決めて意見を寄せるというのはどうでしょうか。テーマがあれば、異なった意見をいろいろと聞けますよね。違った意見を聞くのはいいではないですか。
2)「OとFとの往復書簡」というタイトルが気になります。大山さんと古家君を指しているのであれば、普通に名前を書いてもいいのでは? 紙面の節約であれば、撤回しますが。
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荒木隆文(豊中市庄内公民館)
難しい文章から楽しい文章まで色々あって楽しく読ませて頂きました。地曵さんにはこちらの講演会でご無理申し上げて来て頂きました。私は日本語読み書き教室を担当していますので地曵さんが日本語の先生をなさっているとお聞きしまして色々とお話しをお伺いしました。帰国子女とは少々おもむきが違ってはいるのですが大人になって、また日系外国人として日本に来られている方々との交流はあります。きっと外国のスタイルで生活して来た人は日本社会がとっても不思議なものに見えるんだろうと思います。
何かの縁だと思いますので是非サポーター宣言をさせて頂きたいと思います。
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さて、今般夏にモンゴル乗馬ツアーに参加した私は、カルチャーショックと共にまたしても慢性のワガママ病再発、只今病休をとりつつ転職準備中です。かかる劇的な物語を、「これでいいのだ〜華麗なる転身編」として執筆中であります。何しろまだ転職も本決まりでないので読み切りにするには少々時間が。また誠に勝手ながら『私情つうしん』に載せて頂きたく一筆啓上つかまつりました。
Coming soon!
(編集部注:「これでいいのだ−−千葉県教育界のっとり編−−」は第2号に掲載)
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私情つうしん#2と#3を拝見しました。海外で、しかも、やがては帰国子女と呼ばれるであろう現役海外子女とともに生活しながら私情つうしんを読むのは、日本で読むのとは違った趣があります。#3の地曵さんのお気持、いまのわたくしの実感にとても近いものを感じます。
ところで、編集作業、大変でしょう。わたくしも昔々同人誌を作ったことがあります。当時はガリ版切りをしながら本を作りました。でも、2号、3号と続くうち、だんだん息切れがしてきて、たしか5号で立ち消えとなりました。適当に遅刊したり、休刊したりしながらの方が長続きするかもしれませんよ。
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寺尾栄子 Eiko TERAO
Thanks for the newsletter #4. I enjoyed it as always; read Ms. O's article with delight. How observant she is. I would never have thought of counting the number of coffee bags. Good for her!
It is interesting to see the dialogue about the term "kikokushijo" keep going. When considering the dominant group, one can be pretty curious about the intention and the utility of labeling.
私情つうしんが発行されて、きっと「やっと私達の場が出来た!」と思っている方達が多いと思います。頑張って下さい!
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