私情つうしん 第5号 1996年2月発行

OとFとの往復書簡


 この欄は、大山智子(O)と古家淳(F)の間の往復書簡という形の連載です。二人とも帰国子女、世代は違っても月刊「海外子女教育」誌などを舞台に帰国子女教育、国際理解教育などを中心にした問題意識のなかで文章を書く仕事をしています。
 折々にもった疑問を互いに問い、互いに答えていくなかで自分たちの考えを深めていくことができればと思っています。
 飛び入り参加も歓迎しますので、どなたでも気軽に割り込んできてくれたらうれしいと思います。


やっぱり「帰国子女」

第5信−−FよりOへ

 自分で言っておきながら、やっぱりまだ「帰国子女」にこだわります。前に書いたように、僕は自分のアイデンティティを帰国子女であることと結びつけて生きてきました。一度はあなたのコトバによって「より大きなもの」を考えさせられましたが、やっぱり、僕は帰国子女であることから離れられないように思います。
 実は、まだマトモな反論はできないでいます。それもあって、ここのところこの『私情つうしん』にも帰国子女教育プロパーの、あるいはそこから派生する問題に触れるような文章を書かずにいました。この号もしかりです。でも、書いてしまいましたよ、とうとう。ほれ、ね。「内国子女教育」のオシマイの惹句。次はとうとう、「教育を糾弾する!」のです。この間、温めていたネタもいくつかあるので、それもおいおい書いていこうと思います。まだあなたのコトバへの直接的な回答にはならないかもしれませんが、やがて何か見えてくるだろう、と自分でもタカをくくっています。
 そうこうする間に、「応援席」の欄でもご覧のように、僕たちの論争(?)は大反響を引き起こしているようです。「帰国子女にこだわる」派、そして「自分は自分」派、と言ってしまうのはあまりにもおおざっぱ過ぎますが、僕に共感してくれる人と、あなたに共感する人と、それぞれにいろいろな意見があるのが何よりもうれしく、おもしろく思っています。「帰国子女」でない人の意見も興味深いのですが、「帰国子女」本人の中では、どうも30歳あたりを境に意見が違うような感じもあって、それも何かの意味を持っているような気がします。
 さて。
 前の号のあなたのお便りで、あなたが「まだ大学生」というフレーズにこだわっているのを読んで、僕はなんだかニタニタしてしまいました。僕が「帰国子女」にこだわるのと、よく似ていますよね。そしてあなたは「大学」という場、「大学」という環境あるいは状況に反旗を翻していますよね。いろいろなものに、人はこだわることができると思います。そしてどこからそういうこだわりが生まれるかを、この僕らの手紙のやりとりに即して考えれば、やっぱり「自分は自分」という自らのアイデンティティを他人が勝手にカテゴライズして自分の居心地が悪くなったときなのではないでしょうか。
 なぜ、そういう居心地の悪さが発生するのか。そう考えるとき、やはり社会そのもののあり方、「世間一般」と呼ばれるものの「常識」に対して意地を張りたくなるのだと思います。
 結局、「帰国子女」のことを考えるとは、僕にとっては「自分」と「社会(世間)」の軋轢を考えることにほかならないような気がします。その二つが矛盾しない、居心地のいい居場所を見つけ、実現させていくために、一緒にいろいろと考えていくことができればと願っています。
 最後になりましたが、卒論完成おめでとう。
(F)
追伸
 昨年暮れ、鎌倉市で帰国子女教育や国際理解のために「かけはしの会」でご活躍だった斎藤繁さんが亡くなりました。お葬式には神奈川県の副知事もお見えになったとのことですが、それだけ地域に貢献された斎藤さんは、「地域からの国際化」ではなく、常に「世界から地域を」考えていた方だったと思います。この逆転の発想、大切にしたいと思います。
    


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