私情つうしん 第5号 1996年2月発行
世界観を変えたニホンゴ
by 大山智子
「オーヤマさん? どうでしたか、正月は」
電話の向こうの賑やかな声の主、Yとは高校時代にアメリカで知り合った。今は、東京にある外国紙の支局で取材に駆け回る毎日を送っている。
「いやあ、あたしの方は、例の村山サンの退陣で、急に忙しくなっちゃってさ。全く、正月の初七日くらいゆっくり休ませてもらいたいもんですよー」
いきなり、である。他人のことをとやかくいえた義理ではないけれど、Yのニホンゴははっきりいってヘンだ。というよりも明らかに間違っている。だいたい、年末に、私が鎌倉に行きたい、と言った時にも「あっ、それいいね。そうだ、年が明けたら鎌倉にお年始に行こうよ」と言っていた。
七草が正月「初七日」になるくらいならまだいい方だ。この手の珍会話には、Yといる限りはっきりいって事欠かない。
「重いねー、この荷物。神棚に乗っけようか」
「違うって、それ網棚だって」
「うわー、ありがとー。いいものもらっちゃったな。こりゃ仕返ししないとね」
「オーヤマさん、それは二の五のいってないで、とっとと済ませた方がいいよ」「二の五?」「あれ、三の五だっけ」「シノゴノだよ!」
まるでコントである。もちろん、正しいニホンゴを使うに越したことはないし、これにしたって敢て悪乗りして珍妙な言葉づかいを狙っているわけではない。けれども「お年始って、Y、それ初詣のことでしょ。お年始っていうのはさあ、熨斗のついたタオル持って他人んち訪ねて新年のあいさつすることだよ」と解説したり、「そうか。まな板の上の鯉っていうのは鯉の視点に立っている諺なんだね」と大発見して得意になっていたりする我々の会話を日常的に聞かされている同居人は、「やれやれ、この人たちは」と半ばあきれ顔だ。でも、その同居人がこのYの鮮やかな言葉の天然ボケを持ちネタにして、仲間うちで大笑いしていることを私は知っている。
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