私情つうしん 第5号 1996年2月発行

俺のある一日

by 加山 到


 ニューヨークを駆け抜ける。
 メインストリートに面した巨大な近代的ビルからビルへと雑踏の中をくぐり抜ける。
『STOP』赤信号にふと立ち止り一息つくものの、手にした携帯電話が鳴る。
「……わかりました、すぐそちらに向かいます。」
 再び雑踏という名のジャングルに身を沈めて行く……。
 とある日本企業の一課長、英語堪能の実力が認められて単身赴任してはや8カ月、ニューヨークはすでに自分の庭になりつつある。
 その姿はまさに国際人……で…ある……。

 ゴミ収集車ががなりたてる音に目を覚ます。まぶしいほどの朝日が部屋を突き抜ける。
「ふぁ…夢か。けっ、なにが国際人だ。どっかの電話局のコマーシャルじゃあるまいし。真の国際人ていうのはな……。」
 と、中国製の目覚まし時計を見ると10時45分。久しぶりの休日である。
 スイッチを押すと激しいイギリスのパンクロックが流れ出すそのデッキは台湾製。
 スイス製のチーズをのせたフランスパンをひとかじり、そして原産国ブラジルのコーヒーをすする。
 友人の形見であるロシア製の腕時計に目をやり、そそくさとパジャマ替わりにしているアメリカ製の安いTシャツを脱ぎ、イタリア製のワイシャツに腕を通す。タイ製のジーンズ“Ree”(Leeではない)をはき、お気に入りのネクタイ−−数年前のロンドン旅行で購入したモノ。アメリカ車のナンバープレートをあしらった柄で、裏にはMADE IN KOREAの文字−−を締める。
 愛車の海外向け国産車DATSUNに乗り込み大通りに出る。ダッシュボードにはUFOキャッチャーで取ったマレーシア製のヌイグルミが3個。
「マレーシア人はどんな思いでセーラームーンに綿を詰め、ミニスカートをはかせているんだろう。」
 ふと気づくと燃料が少ない。スタンドに寄り中東からリベリア船籍の船で輸入しているガソリンを満タンにして、新婚の友人宅へと向かった。
 ドイツからのキコクである亭主の勧めでビールはハイネケン、イタリア帰りの奥さんは自慢のスパゲッティとピッツアを数種類、サラダにかけるドレッシングもフレンチ、中華とすべて手作り。
 おもしろいビデオを借りたんだと言って友人にネパール映画を見せられた。映画の画面の下にネパール産のジュースや洗濯石鹸のコマーシャルがひっきりなしに流れている。言葉がわからずなんとなくアキて来たのを察してか、友人は俺を近くのライブハウスに誘った。
 渋いブルースを聞かせる雰囲気のいい店だ。
 俺は好きなバーボンをロックで、友人はスコッチの水割り、奥さんは韓国のJINROをオーダーした。数日前に手に入れたラビークイーンというラオスの煙草をくゆらせる。
 先刻のパスタ類の味が濃く、妙に口に残っていたので、アッサリとしたフルーツサラダをオーダー。
 暫くして店員が運んできたものを見ると、オーストラリアのキウイ、フィリピンのマンゴ、中国のライチが見た目よろしく皿に盛られていた。美味い。
 狭いステージではジャパニーズが汗をかきながら黒人の鎮魂歌(レクイエム)をがなっていた。
 夜も遅くなり、だいぶ酒も入ったので友人宅に車を預け、電車で帰途についた。
 横にはフィリピンの女性が2人座っている。斜め前で吊り革につかまっているのは中国人の留学生か。次の駅で4〜5人の集団で乗り込んできたのはイラン人。
 ふと足元に落ちているスポーツ新聞に目をやると、前日の国際マラソンで上位入賞したタンザニア選手の記事があった。
 目的地の駅で下車し、なんとなく腹が減ったので立ち食いスタンドに入る。壁のメニューが目についたのでそれを注文し腹ごしらえをした。
 壁には大きな字で「当店自慢 本場のインドカレー!」と書かれていた。

……俺は何とカッコイイ国際人なんだろう。
 国際化された生活にドップリと漬かった俺は紛れもなく、人もウラヤむ国際人…! 国際人、国際人……。
 えっ、意味が違う? なんで? ……じゃ、冒頭の夢に出てきたのが国際人? それも違う?
 ま、いいか。小さいことよ。
 ちなみに俺は中国からのキコク。
それじゃ。

 
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