私情つうしん 第4号 1995年12月発行

応援席


私情つうしん へのメッセージ

by 小倉敬子
by 木村慶一
by 中川あずさ


あなたも『私情つうしん』にメッセージをお寄せください。

小倉敬子

〜おばさんのひとりごと〜

「もしもし、LET’S事務局ですか?」毎日のようにかかってくる電話。そのほとんどがボランティアをしたい、日本語を教えたいなどという積極的なものだが、中には少々頭にくる電話もある。
「あのう、アメリカから帰国したのですが、アメリカ人で小学生のいる方と交流したいので紹介していただけませんか。子どもの英語をキープしたいと思いますので。外国人に英語を習うのは月謝が高いですものねえ」。
 何が「ねえ」ですか。自分と子どもの英語の練習相手としか見ていないこの感覚にはついていけない。
「私達は英語の先生を紹介するところではありません。それに、小さいお子さんのいるアメリカ人をお捜しならアメリカンスクールに問い合わされるか、外国人がよく行くデパートなどに行って御自分で声を掛られたら如何がですか」。
 ちょっと冷たいかなと思うのだが、これで少しでも考えてくれればと思っている。

「日本語サロンのお手伝いをしたいのですが、どこの国の方が多いのですか。あら、アジアの人ばかり? 欧米人の方に教えてお友達になりたいと思っていたのですが……」。
 この人、日本語を教えるということがどういうことなのかまったく分かっていない!! 現在日本語を学んでいる人の大半は欧米人ではなくアジアを中心とした地域の人々である。国際結婚をした人、留学生、就学生、労働者など様々だが、皆とても熱心に学んでいる。
 だいたい各地の日本語教室でボランティアをしている人の中に、日本語を教えること以外に関心を示さない人がかなりいるということは驚くべきことだ。単なる生活手段の一つにすぎない日本語だけを教えて外国人のためにボランティアをしていると言えるだろうか。
 ボランティアのほとんどが海外生活経験者である我々のクラスが他と違う点は、相手の国に関することに、「へえ〜、そうなんですか」ではなく、「ほんと、そうなのよねえ」と言えることである。「私の国のこと、街のことを知ってくれている!!」ということがどんなに心の安らぎになることか。生活のこと、食べ物のこと、気候のことなど何でも互いに分かり合えることからコミュニケーションが深まる。
 海外で生活したということは、自分が外国人として異文化の中で多少なりともとまどいを感じたり苦労した経験を持つということである。つまり、日本に来る外国人の異文化との出会いによる不安や悩みを最も理解しやすい立場にいるのが、帰国した者であると言えよう。
「もっと早く知り合っていたら円形脱毛症にならなかったのに」と、来日当初の苦しかった時期のことを涙ながらに話す人。
「近所の人は友達になってくれなくてとてもさみしかった」と話す人。
 それぞれの話が、自分達の体験と重なり思わずもらい泣きしてしまうことも少なくない。
 日本語を教えるという場を通して世界各国の人々と思いを共有し共に理解し合えるのはすばらしいことである。
 もちろん海外に住んだ人は誰でもがこうした理解を共有できるという理屈は成り立たない。
 しかし海外に出たくても出られない人もいるのである。せっかく与えられたチャンスを充分生かし、滞在国のことを肌で感じ理解を深めてほしい、異文化の中で多面的に物事を見られるバランス感覚を体得してほしい、相手の立場に立って考えられる思いやりのある心を育ててほしいと思うのは私だけであろうか。
「お母さん、アメリカから帰った人から、子どもが学校でいじめられているって電話があったんだ。お母さんは出かけているって言ったら、息子さんですか、あなたが帰国したときのことを話してって言われたんで、僕のいじめられたときの体験談を話しておいたよ。おばさん参考になったって言ってたよ」と、高2の息子。
 思わず「ありがとう」と言ってしまった。

このページのトップへ


木村慶一

 日本国内にいるときは、「帰国子女」も海外にいたことを忘れるぐらいが丁度いいのではないでしょうか。好き嫌いにかかわらず覚えなければいけないことは覚えなければいけないですから。
   経験が邪魔しないようにしても自然に蓄積してきたものは出てくるのではないでしょうか。反旗をいつも翻しているのではなく、必要なら孤独になってもデビル役を演じることができることが帰国子女の真価だと思われます。

このページのトップへ


中川あずさ

 私も現在イギリスに留学中の身なので、自分にとっての「母国」や「原風景」、人格形成における環境(文化)の影響などについて深く考えています。(9/4)

 夏に一時帰国し、こちらに戻ってからホームシックになりましたが、今はイギリスからいつか去る日のことを考えるとさみしくなる……あまのじゃくな私です。こちらに戻ってきてからしばらく語学力の面などでストレスがたまったり、変に日本人ということで卑屈になったり……自分自身の中に「日本人」という自分に対する偏見があることに気づきました。でも逆にイギリス人の子ども達から「日本人」であることがプラスの意味でスペシャルなことなんだと教えられた気がします。日本の文化etc.を子ども達に伝えることによって、日本のことだけでなく、世界には自分と違うけど素晴らしい文化etc.を持った人(=民族)がいること、その出会いの素晴らしさを伝えたいなと思います。(10/21)

このページのトップへ