私情つうしん 第3号 1995年10月発行

夏のできごと

by 倉又奈保子

 この夏、私は劇団現代座の芝居、『ニッポン人諸君!』の東京公演にボランティアスタッフとして参加した。芝居の舞台はインドネシアの小さな島、そこに青年海外協力隊員(保健婦)の信子が駐在している。国際協力の夢を抱いて来た彼女だが、戦争の傷跡の残る地域ということもあり、なかなか現地に溶け込めない。そこへ戦中この島で戦ったという太田老人が日本からやって来た。度々日本人が非難される例の傍若無人な態度をとる太田老人に「私はあなたたちの尻ぬぐいのために来たのではない!」と信子は怒る。事件が起こる。太田老人が村の信仰の対象である森に無断で立ち入ってしまうのだ。その森は戦闘中、老人をかばって死んだインドネシア人兵補と別れた場所だった。物語は独り善がりとも言えた信子が太田老人の戦争体験を知ることによって、戦後50年の日本の責任と国際協力について改めて考える、というところで終わる。ちょっと堅めに書いたが、笑いあり涙ありのさわやかなコメディーだ。
 私がこの演劇のスタッフをやろうと最初に思ったのは、その内容に心を動かされたからではなかった。劇団の人間と、ボランティアグループであるコミュニケーションラボ21(「ラボ」)の人間に興味を持ったからであった。現代座とは戦争、平和、そして国際協力といった繊細な問題をあえて演劇で世の中に提示しようとしている劇団で、ラボとは現代座がもっとたくさんの人に演劇を見てもらいたいと考え、多方面に呼びかけて集めた人々のグループである。ラボにはJICAに勤める人、学生、NGOに所属する人、フリーターなど、さまざまな人がいて、それだけでも刺激的だったが、ラボに集まった人々が劇場という空間を共有することで自分の戦後50年やら国際協力やらといったテーマにおのおのアプローチしているのを見て、私はその空間に引きつけられた。
 はじめは芝居なんて、とタカをくくっていた私であったが、主人公の信子と同様、周りの人々はアジアに関心がないと馬鹿にしていながら、その実は自分の考えを表に出すことをおそれている自分を見つめることとなり、改めて戦争責任について問い直すことができた。そしてまた、「国際協力」という不気味な四文字にごまかされている世界を探検したのであった。
 ところがチケット売りに抵抗のあった私は、券売活動を必死にやらねばならないのだと割り切るまでに、相当な時間がかかった。しかし券売活動は、売れる・売れないを抜きにすれば(抜きにできるか否かはこの際放っておこう)とても素敵なことだった。クサいことばを使えば、「人との出逢い」とでも言おうか、何しろ顔見知りが増えるのだ。古い友達との再会もあった。幸せの内容を一つ確認できた。
 NGOを見て思ったが、けっこう金太郎飴の世界で、同じ顔ぶれで構成されていることも多そうだ。私は、興味がある人だけでなく、ふだん、お堅いイメージのテーマについて話すことのない人にも共有してほしい。新しい要素が必要なのだ。最初は、演劇から入るのもいいじゃないか、とぐらいに思っていたのだが、実は非常に入りやすい。というより、演劇ならばこちらが持ちかけやすい。これはいい道具を見つけたぞ、とほくそえんでしまった。
 こんなに真剣になったのは久々のことだった。心がぐらぐらと動いた。本気になることに照れて、いつしか忘れていた私だったが、危機一髪、取り戻せた気がしている。