私情つうしん 第3号 1995年10月発行

帰国生の心の中

by 地曵裕子(じびきひろこ)

 少し前のことです。日本のサッカーチームからイタリアのチームへ一時期、移籍した某選手の試合を中継で見ていた時のこと。
 Jリーグが結成されてからの俄かファンの私は、その選手になかなかボールが回らないのを見ているうちに、つい我を忘れてテレビに叫びました。
「ああ! ダメ! やっぱりまだチームに溶け込んでないのよ。身振りばかりイタリア人っぽくっても、ダメだわ」
 すると、私と並んで声援を送っていた大学1年の長男が向き直って、珍しく真面目な顔で言いました。
「そんな言い方しないでよ! 胸が痛くなるよ。彼はボクと同じなんだ。向こうで溶け込もうと思って、一所懸命、努力してんだ」
 彼は再びテレビに向かって声を張り上げました。
「ガンバレ! オレがついてるゾォ!」

 シンガポールの日本人学校を経て、ニューヨークの現地校に通い始めた頃の、長男の英語との闘いを決して忘れたわけではありません。しかし、転校したその日から友達が遊びに来て、誕生パーティや週末のスリープ・オーバーに忙しく飛び回る長男を見ているうちに、すっかり気が緩んで安心してしまったのも事実です。
 そんな私をよそに、彼はアメリカ人に近付く努力を、依然として続けていたのです。
 決して弱音を吐かなかった彼の、あの頃の後ろ姿が浮かんで来ました。私は自分の無神経さに腹を立てました。

 中学生になって日本に帰って来た時、長男は短い間にすっかりアメリカ人になっていました。私は彼に日本人としての幾つかの心得を教えました。家の中では日本語を使っていたので、この時も私はどこかで気楽に構えていたような気がします。
 やはり肝心なことを忘れていました。
 それは「和式トイレの使い方」です。
 通学の途中、彼は急に腹痛に襲われ、駅のトイレに駆け込んだそうです。
 ドアを開けた彼は途方に暮れました。床と同じ高さに埋め込まれた「物」の使い方を、どちらが前であるかということさえも、わからなかったのです。切羽詰まった状況の中、幸い彼は正しく使うことができましたが、あの床にペタンと座ってしまったという友人の幼い子供の話も聞いています。
 大人は勝手に、子供は柔軟性があるから大丈夫だと決めつけがちです。でも、本当は子供はいつも最大の努力をしているのです。
 私はせいいっぱいの感慨を込めて、長男に声を掛けました。
「キミも頑張ったんだ。偉かったね」