私情つうしん 第3号 1995年10月発行

あるアウトサイダーの葬式

by 古家 淳

 海外子女教育は、死んだ。かつて日本人の子どもたちに海外でも最低限の日本語や日本の学校で学ばれている内容を海外でも学ばせたいという願いから始まったはずの海外子女教育は、その「日本並み」という思いをエスカレートさせ、ついには日本並みの受験教育を海外各地に実現させるに至った。現在、海外子女教育の現場では、日本国内と同等か、あるいはそれ以上の受験戦争が繰り広げられている。
 帰国子女教育は、死んだ。かつて外国の学校で外国語で学んできた子どもたちに、日本の学校で学び続ける道を確保するために、という願いで始まった帰国子女教育は、そもそもそれだけの特別な手当てや目配りをしなくてすむ子どもたちが大量に帰国するようになり、その役割を終えた。現在、帰国子女教育の現場では、普通よりはちょっとでも英語が得意で、それゆえに上級学校への進学が有利だと思われる子どもたちを、経営に暗雲の垂れこめはじめた私学が奪い合う姿が見られるようになった。
 子どもたちは、海外に出ても帰国する日のために日本国内での受験勉強に備えて「傾向と対策」に走り、さらには「帰国しても仲間外れにされないように」と、目立たずに生活する術を教え込まれている。

 そもそも、海外帰国子女教育とは戦後日本の高度経済成長のなかで日本市場をはみ出した資本が海外にその生産基地や市場を求めるなかで生まれた教育であった。その主な推進力は、海外に従業員を派遣し、その従業員たちが安心して海外での職務に専念できる状況を求めていた財界であり、経済の発展を抜きにしては考えられない日本という国家であった。
 そうであれば、海外帰国子女教育が日本経済を維持発展させるための人材を育てる目的に収斂していくことはやむをえないことである。均一に有能な人材が必要な時期には、規格にあった日本人労働力に見合う存在たるべく帰国子女に適応を迫り、「国際化」の呼び声のなかで「個性的で創造力あふれる」人材が必要だと叫ばれれば、欧米的な教育を受けた子どもたちがもてはやされる。
 欧米人のような資質と能力を持ち、さらに日本の有名大学で企業人としてのバランスや人脈を築き上げてきた帰国子女たちは、いまだに時代の寵児である。
 海外帰国子女の親たちも、自身がそうであるように日本経済を支える労働力として子どもを高く売ることに専念している。その傾向は、バブルが崩壊した現在、むしろいまだかつてなかったほどに強くなっているのではないだろうか。
 つい最近耳にしたエピソード。子どもを有名幼稚園に入れるために、夫を海外に残して帰国した母親。そこから約20年の長いエスカレータを子どもが登り終える間に、家庭はどうなっているだろうか。そして有名大学を無事卒業した子どもに、その時の日本経済は何を提供できるだろう。有名大学の卒業証書と引き換えに、成育期における父親の存在を失った子どもは、その時、何を目指すのだろう。
 だがこの母親は、現代日本の受験社会において、まさに王道を歩いている。いくら企業がその雇用システムを改善すると唱えたところで、高度成長の55年体制はそんなに簡単に崩れはしない。変化したといえるかもしれないのは、「英語力」がその基本要求の一つとして増えたぐらい。新人採用の現場では相も変わらず担当者が、氷河期に凍える女子学生にセクハラまがいの質問をしているのだ。独創的な個性を持った若者は、職場の上下関係に磨かれ、丸くなり、やがては社名を冠した○○マンになっていくのだ。
 それがわかっているだけに、海外帰国子女の親は海外にあっても日本の子育ての王道を要求する。より偏差値の高い学校へ、よりメインストリームに近い学歴を求めて。どんなに優れた実践研究を発表している学校でも、「それで、卒業生はどこの大学に何人入りました?」の一問で粉砕される。
 大学入試は多様化し、ユニーク入試も増えた。しかしユニーク入試で合格した当の大学生は、同級生からの「なあ〜んだ、一芸か」の声に怯え、自分の生きている価値を疑っている。海外の大学に十分合格できる学力を武器に日本の大学の帰国子女特別選抜に合格した学生でさえ、「裏口みたいなもんですから」と自嘲せざるを得ない雰囲気があるのだ。アウトサイダーであることは、ますます難しい。
 有名大学にあらずんば人にあらず。大企業社員にあらずんば人にあらず。学生が言うのではない。企業人が言うのではない。母親たちが言うのだ。そして、その母親たちに育てられた受験生たちが。メインストリームに乗れば、だれからも後ろ指さされることはない。メインストリームにさえ乗せられれば、母親としての義務を果たしたことになる。

 かつて、帰国子女となることは、それだけでアウトサイダーになることであった。だが現在、海外帰国子女教育の進展、なかんずくその制度面の改善によって帰国子女は容易にメインストリームの一員となることができる。むしろ、うまくいけば帰国と同時にエリートコースに乗ることさえできる。
 海外帰国子女教育は、ジャパニーズ・エスタブリッシュメントにとって、そのメインストリームの水源を海外にまで広げるための装置でしかなくなったのだ。

 私は、アウトサイダーとして生きることを自らに刻みこんだかつての帰国子女だ。メインストリームに乗ることは、封印した。その立場から、海外にあってはよりユニークな存在となるための海外子女教育を、帰国してはアウトサイダーとしての自己形成と人生設計を学ぶための帰国子女教育を望んできた。アウトサイダーとして生きること、それができる社会、それができる場を要求してきた。
 そしてその過程で、なんのことはない、人は誰でも帰国子女なのではないかと考えた。複数の文化を自らの内に持っている人が帰国子女ならば、関東と関西でも異文化だ。社会のメインストリームに違和感を覚えるのが帰国子女なら、だれでもが少なくとも潜在的には帰国子女だ。だから海外帰国子女教育を考えることは、日本の教育を考えることであった。経済大国ではあるかもしれないけれどもそれ以外に世界に誇るもののない日本、和の精神の陰にあるファシズムの幻影。そして人が人らしくあるために自分の生き方を問い続けることが、社会人としての生活の邪魔になる社会。それを問い直す弓矢として、海外帰国子女教育が機能するはずだという夢を持っていた。だがそのすべては、帰国子女がメインストリームに反旗を翻した存在、あるいはせめてメインストリームに乗らない存在であるということが前提であった。
 だが今、帰国子女は、ただ帰国子女であることによってだけではアウトサイダーになることができない。アウトサイダーになる契機は、帰国子女であることの中には、もはやないのだ。日本のメインストリームに反問する精神は、現在の海外帰国子女教育では育たない。ならば、やはり、私がめざした海外帰国子女教育はすでに死んでいる。
 メインストリームの価値観を問い、近代の国民教育を問い、国民国家のシステムを問い、そして人は何のために生きるかを問う海外帰国子女教育の葬式を、やろう。


筆者に手紙を出す