logo 私情つうしん 第24号 2002年7月発行

日本語教育の現場から

an essay by 東瀬 朗

 今、大学で留学生向けの日本語授業でアシスタントをしている。第一、帰国子女で日本語の少しおかしな僕が日本語を教えている、と言う時点で何かがおかしい気もするが、目の前に学生が居るので仕方がない。必死になって「自然な日本語」を考えて、目の前でお手本を演じる日々である。

 さて、ここで思ったことを少し。「自然な日本語」って純ジャパな人達も身につけてるのだろうか・・・第一、本当の日本語ってどこにあるのだろうか(標準語という人工的な規定はあるが)。そういえば外国語のネイティブ講師もその言葉を「理論的」に説明できないから上手く教えられないことがある、というのを聞いたことがある。

 もしかしたら、帰国子女はずっと国内にいた人と比べると「日本語」を別の視点から見つめ直す機会が多いので、日本語教師としては有利なのかも知れない。あと、外国語学習の苦しみを知っていることも学生に教える上ではメリットだろう。教師役は同化はしてはならないが学生と共感や共有をできないとなかなか伝わらない。

 きっと、「日本語」を「日本人」に帰国子女が教える時代が来るだろう。いや、「外国人」に習っているかも知れない。そんなことを思いながら、「素晴らしい教授法」の幻想に取り憑かれてしまっている今日この頃である。


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