logo 私情つうしん 第23号 2002年3月発行

ペキンスカヤの中庭で  (21)

by 中津燎子

連載の前の回

 前回、森首相について「昭和19年頃の小学生のまんまの、アッケラカン坊や」と書いたが、その後、波らん万丈、ごたごたあって、森さんは首相をやめ、小泉変人首相が出現した。小泉変人氏の個性についての興味もさることながら、私はむしろ彼に「変人のれん」をくっつけたまま首相にしてしまった日本社会の有様に強い関心を持った。「これ、ホント?」いかにも変人首相をうけ入れてトップにすえたようにみえるが、何だか、うさんくさい。何故なら、私、子供の頃から「変人」、「奇人」、「異人」のレッテルをはられて人生70数年をすごして来たので、いかに日本社会が「変人」「奇人」について容赦しないか、ということを事実として知っているからだ。

 元来、地球上のいづこにあっても人間というものは程度の差こそあれ、本能的に自分たちと寸法のあわないものを遠ざけようとする習癖を持っているのがふつうだが、日本ではその度合が、少々きついのではないかと思う。理由は多分「海上の小さな島に人が住む」という環境が、ふつうよりきめのこまかい、精巧チミツな社会を作ってしまったからだろう。その社会は様々な集団で構成され、集団の一つ一つは程よくしょうゆ味のしみこんだこんにゃくみたいなものである。何百、何千のこんにゃくが、よりそって立っているようなのが日本の社会ではないだろうか。

 日本の社会の異物というのはまさに「こんにゃくの中の石」であって、「あッ 石だ、ペッペッ」と吐き出されるのが異物の運命となっている。かなりひんぱんに吐き出されて来た経験をもつ私は、そのうち上手な吐き出され方を身につけ、逆に吐き出す側の技術や心理状態の研究を開始して現在に至っている。

 だから小泉氏の変人ぶりがウソかマコトか?ということもふくめて、こんにゃく社会が彼をどうするだろうか? と興味しんしんである。昔をふりかえると、さすが強固なこんにゃくも時の流れで微妙に変化している。戦前から敗戦までは軍国政府によってしごかれて、こんにゃくはレンガ並にガチガチとなったが、占領でじわじわともとにもどり、民主主義的バター味でじっくり煮込まれた。但し、結果としてしょうゆだしの味とバター味がとけあわぬまま混在して不思議な味のこんにゃくに仕上がってしまったような気がする。昔なつかしい純粋なしょうゆだしの味は二度と望めないかもしれないのに、異物の存在をペッと吐き出さずにおれない本質は依然として残っている。むしろ、日本人のアイデンティティとしてしょうゆよりこちらの方が本家本元のような気がする。その証拠に、吐き出す側がほとんど100%、吐き出していることに気づいていない。それ程、心と魂の奥底にひそむ、先祖伝来からの「排他本能」又は「純血主義本能」は根強く深い。ヨーロッパや南北米大陸、アジア各地でも民族や独自文化の純血維持本能が強く存在するのは確かだが、長期間激烈な異文化衝突をくり返した結果として衝突、摩擦のトラブルから交流、共存までこぎつけたのだろう。地球上で生きるのに「排他」「排他」を叫んですむわけはなく、「純血」などめったに存在しない現実と魂の願望がなかなか折りあわないことが、日本のきめこまやかなこんにゃく集団社会の直面するトラブルの実態であると思う。さて、小泉さん、どうなさいます? いや、小泉さんをどうします? 吐き出しますか? 利用しますか?


プロフィール
1925年福岡市に出生。3才で、日本領事館で通訳として勤務する父に連れられて旧ソ連領のウラヂオストック市に渡る。1936年、日本に帰国。戦後、1956年渡米。結婚し2児を連れて1965年帰国。以降、英語塾を開き、東京・大阪・九州で異文化対応と発音訓練を教えて現在に至る。