logo 私情つうしん 第22号 2001年4月発行

帰国子女のレッテル

−−ラテン風に−−

by 佐伯幸弘

  私の上の娘は日本の学年でいくと高校2年生になります。私はカリフォルニアに住んでいて今のところ帰国の予定はありませんが、私の仕事の関係上、遅かれ早かれ日本に帰ります。ということは、娘には例の「帰国子女問題」が待っているということになります。
 アメリカの高校は義務教育ですので中学校の卒業と同時に「自動的に」高校に入ります。日本では激烈な入学試験を経て入るわけですから、同じ高校生でもアメリカからひょいとやってきて転入、というわけにはいきません。受験をバイパスして高校に入るのは卑怯(unfair)なのです。外国から来る高校生にも日本の生徒がしたのと同じような苦労をしてもらわないと不公平だということになっています。
  よし、わかった、それなら、正々堂々と正規の編入試験を受けて入ろうじゃないか、と言いたいのですが、そうは問屋が卸しません。何しろアメリカに住んでアメリカの高校に通っているのですから、日本の高校の試験を受けさせられたら散々な結果に終わるのは火を見るより明らかです。(おっと、受験するのは娘であって私ではありません。娘は余計なお世話、と怒るかもしれません。が、私は勝手にそう思っております。)
 この種の問題の対応策として、例の「帰国子女枠」なるものがあります。この「帰国子女枠」は、外国に住み、日本の教育に対してハンディを負っている生徒が優先的に高校に入学できるわけですから、帰国子女にはとてもありがたい制度です。私の会社は、海外で勤務している従業員の家族に配慮して、帰国子女枠のある高校の受入れ状況を定期的に教えてくれます。帰国に当たっての相談の窓口もあります。そういう「つて」を利用しない手はない、とばかりに情報集めをしています。

 ところで、そうやって「帰国子女枠」を探しているうちに、ふと思いました。
  こうやってやむにやまれぬ気持ちで「帰国子女対策」をしていますが、これは取りも直さず、娘に「帰国子女」のレッテルを張っていることになるのではないでしょうか。娘が帰国子女枠の学校を熱心に探せば探すほど、自分自身に「帰国子女」という張り紙をしていることになるのではないでしょうか。
  私が帰国子女枠の情報集めをしている理由はこうです。外国にいるのだから日本にいる生徒と同じ教育は受けられません。しかしながら、たとえ教育内容は違っても娘の能力が劣っているわけではありませんので、娘には日本の高校に入るだけの能力があると信じています。親の都合で外国に連れてこられたという理由だけで、能力のある娘が高校教育の機会を奪われていいはずがありません。日本の学生とは違う基準で娘を選んでもらおう、そうでなければ不公平ではないでしょうか。
 なかなか見事な論理です(?)。
  実は、(ここが大切なところです)私が日本にいたときに高校受験に対してどう思っていたかというと、まったく違っていました。私はこう思っていたのです。
  高校の入学試験は点数がすべてです。実際の能力はさして重要ではありません。ペーパー試験の点数がよければ、つまり、試験問題を解く技量さえあれば入学試験をパスできます。ですから子供を受験塾へ通わせてそのテクニークを会得させるようにしました。たとえ能力があっても試験問題の解答方法のテクニークが無いと受験には失敗します。本人の能力は二の次です。テクニークの方が重要です。入学試験なんかで能力が判断できるわけがない。……
  おお、この意識の違いは何なんでしょう。日本にいたときは、能力があろうとなかろうと試験の点数で高校に入るんだ、と言っていたはずなのに、アメリカに来た途端、試験の点数で入学させるのはおかしい、能力を正しく測るべきだという主張に変わってしまいました。「受験のテクニーク」主義から「能力」主義への豹変。立場が変わるとこうも違うものでしょうか。
  我ながら驚くやらあきれるやら。

 ここで、私の中に長い間眠っていて、ごく最近、古家さんに揺り起こされた、あのラテンの性格がむくむくと湧きあがってきました。
 なーに、人間なんて変わるものだ。環境が変われば変わるし、立場が変われば変わる、そういうもんだ。娘に「帰国子女」のレッテルが貼られるというなら、貼ってもらおうじゃないか。どうせ貼るならきれいに貼ってもらおう。それも、誰にでもわかるようにレッテルなどと小さな張り紙ではなく、看板でもプラカードでも何でもいいからデカイやつをくくり付けてもらおうじゃないの。誰から見ても帰国子女だと一発で分かるように堂々と書いてもらおう。(ちょっと自棄気味かなぁ。)
  そのかわり、帰国子女に与えられた特権は100パーセント、いやそんなけちなことは言わないで200パーセント、300パーセント、ともかく利用させてもらおうじゃないか。
  むずかしい日本語の意味を質問されたら「帰国子女だから日本語はわかるわけないじゃん」、英語を聞かれたら「帰国子女だからアメリカのネイティヴの英語がわかるはずないじゃん」。おお、気楽だ。陽気に振舞ってればいいんだ。何せ帰国子女だから。「私、帰国子女だから日本の微妙な感覚がわからないの。だから、気を悪くするような言い方をするかもしれないけど悪意はないのよ」とか言って気に入らない相手の悪口は言いたい放題。「帰国子女だから英語ができるよね」と聞かれたら「もちろん」と答え、あとで英語の実力がないことがバレたら「だって、帰国子女だもの。ネイティヴと同じ実力があるはずがないでしょ」
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illustration by 里井弘子(T-GAL

  これはGoodだ。おお、だんだん乗ってきたぞ。………。
  だが、私がこんなことを言っていてもしょうがありません。帰国子女は私ではなく、娘なのですから。
  娘は私がこんな文章を書いていることはつゆ知らず、きのうのパーティの疲れから昼寝の真っ最中。
  きっと、娘もラテンだな。



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