私情つうしん 第22号 2001年4月発行
今日は森首相の「神の国」発言について私の個人的感想を言いたい。テレビ画面で森氏が「日本は天皇を中心にした神の国であることを、国民の皆さんにしっかりと承知をして戴く」云々としゃべっているのをみて、私はつい、笑ってしまった。何故か、と言うと彼の表情も含めて、全体のしゃべりのふんいきが戦時中、特に昭和19年頃に同じような意味のことをアッケラカンとしゃべっていた「いい子の小学生」そっくりだったからである。昭和19年から20年にかけての日本は、まさに戦えば必ず負け、米軍機の空襲は昼夜をわかたず、武器も物資も、食料も底をついていたが、それが私の19才の青春だった。当時の政府は軍が中心で、火がついたように「神国日本は不滅である」、「国体護持は日本国民の貴い使命」、「大和魂!!」とかなんとか毎日叫びまくっていた。反論すると「売国奴」「裏切者」として、少ない配給の食糧すら貰えなくなり、外にも出られない状態となるので誰も何も言わなかった。人権なんて影も形もなかった。大人たちはそうしたスローガンの裏にみえる、この国の行く末と我が身を待つ運命を想像して、しんとなっていたが、子供たちは空腹であること以外、モロに空爆に出あわない限り無事だった。男の子は13才になると少年兵とか、予科練(少年航空兵)とかの道が目の前にせまって来るし、少女も軍の工場行きが待っていて、のんびりできなかった。しかし小学生たちはちがった。誰も彼らに「お国のために死ね」と言わないし、なるたけ心配させないように気を配っていた。だから小学生たち(10才以下の)は無邪気にアッケラカンとして「神国日本!!」「滅私奉公!!」と叫んでいた。森氏のしゃべり方はまさにその頃のムチで無邪気な子供たちそのままで、こうしたスローガンの裏に流された血潮と泪の谷の恐ろしい深さなどとても理解できているように思えなかった。私には「神国日本」「国体護持」等々のうたい文句の文字の一つ一つに、何百、何千万の戦死者、戦災者たちの骨がぶら下がってゆれている情景が眼にみえるような気がするので、到底、気軽に口に出せない。
戦前、戦中、戦後を生きた人たちもふくめて、現在のすべての日本人はこの種の言葉をアッケラカンと口に出す種類と、なかなか口に出せずに口ごもる種類とに、パックリとわかれてしまっているのではないだろうか? 一人一人の育った歴史、性質、年令、性別その他もろもろをひっくるめて注意深く観察してみると、体験、年令、教育に関係なく、若くても「戦死者たち」の事を考えるヤツはいるし、80才でもケロッとして「神国日本不滅論」をぶちあげ、かつての戦争の傷あとなどあとかたもないヤツもいる。別に日本人に底意があるのではなく、只、何も考えないまま感じるのみで生きているので、情的神国不滅論をぶっても心に血は流れないのだろう。かなり前に中公文庫として出版された『失敗の本質』(日本軍の組織論的研究)と言う本は、日本敗戦の原因をノモンハン事件(昭和14年)からガダルカナル(昭和17年)、インパール(昭和19年)等々の戦いの状況を冷静、且つ、この上はない程こまかに分析し、結論を出した本である。21世紀の日本には森氏タイプのような人間ではなく、この本を書いた6人(戸部、寺本、鎌田、杉之尾、村井、野中)のような、軸足のしっかりした日本人がふえてほしいと切に願っている。さもないとアッケラカンと言いっぱなしの「神国人」では50年たたぬ中に消え去りかねないではないか。