私情つうしん 第21号 2000年5月発行
street

by 古家 淳


 JFKに着いて戸外に出た瞬間に、15年ぶりのニューヨークだというのにとてつもなく居心地が良かった。なつかしいというのとも違う。なんだかからだの中の風通しが急によくなったような感じだった。

 その感覚は一日二日とニューヨークにいる間にどんどん強まってくる。自分でも不思議で、ずっとそれがなぜなのだろうと考えながら町を歩きまくった。

 気がついたことはいくつもあるのだが、まず第一にみんなが異邦人であることだ。スペイン語人口が増えていることは想像通りだったが、そのスペイン語を話している人々の顔色のバリエーションに驚かされた。黒い人も黄色い人も、白い人もスペイン語を流暢に話している。もともとのヒスパニックの顔にまじって、同じようにネイティブに聞こえるスペイン語だ。 latin

 耳を立てればほかのことばもたくさん聞こえてくる。韓国語。中国語。イタリア語。ポルトガル語。フランス語。ドイツ語。ヘブライ語。日本語。東南アジアから南アジア、東欧と北欧あたりの音はどこの言語か名前がつけられないが、ロシア語はわかる。ギリシア語も聞こえる。顔を見ても何語を話す人なのか想像がつかない。ことばを聞いてもどこから来た人なのかわからない。

 ある日、『私情つうしん』創設時の盟友、オーヤマをクイーンズに訪ねた。彼女いわくこの町は「ニューヨークからアメリカを引き算した町」だそうだ。マンハッタンにいればたしかにいちばんよく聞こえてくるのは英語だが、クイーンズではその他の言語の方が多く飛び交っている。英語はみんなに共通の第二言語としてだけ、通用しているようだ。この町に住んでいる人は違法/合法を問わず、みんなエイリアンなのだ。

 誰もが異邦人だから、みんなが違っていてあたりまえ。人と出会って話題になるのは「あなたはどういう人なのか」であって、「私はあなたとどこがどう違うのか」を語ることが要求される。

 日本にいると、電車に乗っていても「ガイジン」が目立つ。そしてガイジンはガイジンらしく、日本人は日本人らしくしているように要求されているように無意識の圧力がかかっているように感じられる。日本にいると、「ここがあなたとの共通点だ」と語ってはじめて会話が成立するように思う。それが息苦しい。その要求がないからニューヨークが居心地よく思えるのだと考えた。

 誰もが異邦人であるその環境。誰にとってもそこが「ふるさと」ではない町。それこそが我がふるさと。自分が明らかに異邦人であり、同胞であることを要求されない場。その中にいれば、ぼくは居心地よく、風通しよく「自分そのもの」でいられる。

 かつて「海外子女」だったとき、ぼくは明らかに異邦人だった。そして「帰国子女」になったとき、ぼくはやはり「異邦人」だった。異邦人としてのあり方が、いちばん馴染み深い。

  ニューヨークは未来の世界の縮図かもしれない。そこはまるで空港のロビーのように、どこから来てどこへ行く人なのかわからない人で満ちている。「もともとはどこから来たか」なんて問うのもばからしい。顔を見てもどんな音のことばを話すのか見当がつかないし、その人が語ることばがわかってもどんな場所から来た人なのかわからない。

  それはインターネットの世界も同じだ。相手の顔がわからないのはもちろんだが、場合によっては性別も年齢も職業もわからない。本名だってわからないことが多い。どこに住んでいるのかなんて、ましてやわからないし関係もない。共通しているのは言語だけだ。第一言語かどうかなんて、どうでもいい。まず気になるのは「相手はどういう人なのか」であり、何かのはずみで気が合えば縁が続く。

  どこから来て、どこへ行くのか・・・もともとどこの人間なのか。やはり、場所で語ることに意味を見出だそうとするのは無理がある。



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