logo 私情つうしん 第20号 2000年3月発行
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萩の川

by 大鹿真希

  私は一人、3月の大学卒業を控えた春の日に、一眼レフのカメラを抱えて萩市に降り立った。本人は「写真撮影の旅」というつもりだがカメラは父親のものであり、私の腕は、絞りを「望遠??」なんて思いっきり勘違いしていた程お粗末である。

 「日本社会が感性や心を育てないのは、技術と知識ばかりを重視するからだ」と、無理やりこじつけた言い訳で自分を納得させ、カメラに好きな人の名前をつけるというロマンチシズムは残しつつ、カメラと二人旅が始まるのである。

 一眼レフを旅の言い訳にしてしまうほど、その時の私の気持ちはどうしようもなく焦っていた。2週間後には「社会人」になるというのに、残った学生生活に何をしていいのか分からなかった。イベントを企画したりと、次々と何かを見つけては行動を起こす友だちと自分を比べて焦っていた。なにか始めなきゃ。勧められた本を読んでも、いろいろ行動を起こしても、なに一つ腑に落ちない。一体私は何をやればいいのか。スケジュールは埋まっているのに、分からない。着々とデッドラインは迫ってくる。不安に襲われる。

 なぜ山口県の日本海側にある萩市に来てしまったのか。その理由は、ある時期に「萩」という言葉を、あらゆる方向から一気に耳にしたからである。こんなに耳に入る地名でこそ、何かの運命が待っているのかもしれないから、一度は見ておかなくてはならないと直感で感じたのである。

 私は、旅路でも地形の移り変わりや、途中通過する街のにおいも感じるようなペースの旅が好きだ。そして「遠くへ来ている」「いつもとは違う」と、その一瞬の満足感を楽しむ。お陰で萩までたどりつくのにほぼ2日を費やしてしまった。朝日が瀬戸内海から昇り、そのまま日本海に沈んでいく姿も車窓から見送りつつ。

 萩市は、前記のように日本海に面し、江戸時代は毛利家の城下町として栄える。幕末には、吉田松蔭を始め、桂小五郎、高杉晋作、伊藤博文を生み出した長州藩の城下町だった。松本川と橋本川と山に囲まれたゆったりとした港町であり、血みどろな幕末の空気が想像つかない静けさと、どこまでも青く深い海をたたえている。土ぼこりでかすんだ古い塀に、夏みかんのオレンジ色が町並みにリズムを加えているかわいらしい街だ。

 まず訪れたのは、町の北部に位置する、毛利の殿様が住んでいた指月城の跡地、指月公園である。城はすでに解体され、今は周りを囲んでいた石垣しか残っていない。自然のままの公園だが、そこからの海の眺めは胸がすがすがしくなるようだ。公園内には、重要な茶室や武士の家がそのままの状態で移築・保存されている。

 駅前で借りた自転車をこいで南に向かう。萩の街は自転車でまわるのには最適な広さだ。 photo

 町の中心部には、上級武士たちの家が立ち並ぶ「菊屋横丁」という通りがある。高杉晋作の家もその一角にひっそりとあった。昔は住人の体が小さかったのか、何百年という侍の時代を覆そうという思想が出てくるには狭すぎる家が並んでいた。それとも狭い家だからこそ、広い外を望んでいったのか。とりとめのない想像を続かせつつ、さらに街を南下していく。

 しばらくすると、ピンク色の湯飲みが家の先に並んでいる店を見つける。ピンク色のものは萩焼であった。その店は前半分が店で、奥のアトリエに入ると、灯油ストーブのにおいと、その前で暖まる猫の鳴き声が迎えてくれた。並んでいた萩焼きは、ほんのり繊細な、まるで桜の花びらのようなピンクの器であり、あまりにもかわいらしくて焼き物にさほど興味がない私でも思わず手にとってしまうほどであった。

 そしてさらに奥には、独り、ろくろを回す寡黙な陶芸家がいた。

 その陶芸家は、自分の作品の前で非常に雄弁だった。彼が陶芸に興味を持ったのが、彼がまだ会社勤めをしていたときだった。その後、陶芸家になろうと決意し、思い切って会社を退職してさまざまな場所で陶芸の修業を長い間したそうだ。その後、学生時代に一度だけ来て、そして忘れられなかった萩に居場所を求めてやってきた。萩は、どうしても住みたい場所だったという。

 「夕飯を食べてから、川に魚を釣りに行くんです。釣れた魚は一番気に入ってる器に盛って、一番好きな器でお酒を飲むんです。」
という彼の言葉は、今でも暖かい余韻を残して私の記憶に残っている。

  自分だけのとっておきの時間があるひと。やりたいことと、それを実現する勇気のあるひと。彼の自信に満ちた声は、さっきまでの私の脆弱な焦りを吹き飛ばしてくれる強さがあった。

  私はただ、自分で勝手にデッドラインを決めて、勝手に決めたデッドラインに躍らされていただけだったのかもしれない。社会人になるまえに何かをやらなくっちゃだなんて。何がやりたいのかも分かっていないのに、一体なにができるのだろうか。周りが何をやっているのかではなくて、自分が何をやれば幸せなのか、もう一度ゆっくり考える必要がある。ゆっくりと。

  「社会人」という得体の知れないのものが生み出した恐怖は、こんな当たり前のことをも 忘れさせてしまっている。社会人になっても自分は変わるわけではないのに。

  ゆっくりと自転車を走らせる。川は意志を持って流れていた。


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