私情つうしん 第20号 2000年3月発行
P.C.、ポリティカリーコレクトという言葉がある。アメリカにおいて、人種蔑視などを含まない、「正しい」意見がP.C.らしい。
ここボストンの私の大学では、P.C.を超越した発言が飛び交っている。ヒスパニックのベッツァイダが「あんたミシシッピから来たのね、country girl」と南部に住むサラに言うと、「自分もメキシコからの移民のくせにー」と言い返す。たまたま横にいたジェイミーにむかって、「お宅は都会のghettoなところからきたの?」と聞いて、3人で床に笑い崩れていく。いや、4人だ。私も正直、一緒に笑いながら床に転がっていた。こういう冗談は親しいからこそ言える。後で、何が可笑しいのだろうと考えてみて、これはそういう人種差別を本気で口にする人のモノマネだから笑えたのかな、と思った。そういえば、サラも言っていた。彼女の住む南カロライナの田舎では、あんな冗談がとても言えないという。黒人奴隷問題の傷が影では癒されていないので、皆「間違った」発言をしないよう、ピリピリしているというのだ。
もし社会の人種偏見認知にレベルというものがあるのならば、偏見さえ意見の一つとして自由に口にできる状態が、一番上の段階なのだろうか。「正しい」意見しかおもてに出せないのは、一見理想的な社会に見えても、まだその下の段階なのだと思う。
この大学に入りたての頃、一年生が全員出席した講演会があった。Many Voices One Communityト題され、先輩たちが5人ほど自分たちの経験について話した。一人は、アジア系の子が出てきて、友達もいなくつらい時、Asian Clubに出会い、自分の居場所を見つけた話。一人は、バイセクシュアルの子が、人間の美しさに性別は関係ないと言い、ゲイ・バイセクシュアル部を紹介した。一人は、ヒスパニックとして差別を受けた体験と、Mexican American部で自分のルーツを発見した喜びを語った。終わりに司会者が、「なにか意見はないですか」と呼びかけると、1200人の前で発言する勇気のない私がうじうじしている間に、2人の女の子が立ちあがった。
--なぜ、いわゆるmajority の白人の人のお話だけないのですか。
--マイノリティーの人達は皆、自分の人種のクラブでしか、幸せを見つけられなかったのですか?人種が混ざりあって幸せになれる方法はないのでしょうか。
これを聞いて、なんて自由な場所へ来たんだろう、アメリカの大学を選んで良かった、と私は一人椅子の上でもだえていた。白人がほとんどの私の高校ではなかった経験が、存分に味わえる予感がした。そしてそれは当たっていた。
それこそありとあらゆる視点に出会った気がする。
去年、中国人の女の子を酔った白人の男の子が蔑称で呼んで、大騒ぎになった。翌週の新聞にフル・ネーム入りで載っていた彼の意見は、私を仰天させた(そしてフレンチトーストを喉に詰まらせた)。「アメリカは自由の国です。僕が中国人をバカだと思えばそう言ってもいいはずです。それを罰するのは、言論の自由を奪うことになります。」
また、友達と夕食を食べていた時、ゲイの話になり、一人の子がゲイは嫌いだと言った。みんなで思わず信じられない、というと、その子は言った。「そんなにaccepting なのがいいっていうのなら、なんで私の『ゲイの人達は気持ち悪い』っていう考え方をaccept できないの?」
P.C.的視点からみれば、もちろんこれらは大間違いの問題発言である。しかし、ポスト・モダン的視点、というか21世紀の視点で見ると、これらの意見を退けることはできない。人の考えに「正しい」も「間違い」もないからだ。
保守派の校内誌を開くと、「女性への暴行に反対する男性の会」は「女につけいりたいだけ」という記事とか、P.C.を背負ったリベラル派の怪獣が、保守派に『真実』で攻撃されてやられてしまう漫画だとか、「エッセイで簡単に高得点を取る方法:『わたしが○○人(人種を入れよ)として感じたことは』で書き始める」という嫌味だとかがあふれている。時には目を疑うが、こういうのが堂々とキャンパス中に置いてあるというのが、逆にすごい。中にはうなずけることもある。マイノリティーの学生は、大学にとってカラフルに見せるための道具だというのだ。これはある意味、真実だ。もし同じ成績なら、ボストン生まれの白人より、アラスカに住むエチオピア人の方が受かりやすいのは、周知の事実だ。そして大学は「うちの生徒はバラエティーがあります。偏っていません」と言えるのだ。でもだからといって、純粋に成績順にしてしまうと、どうしても人間は偏り、マイノリティーに不利になる。そして、うっすらと人種別、出身国別にわかれた社会層が、混じり合うチャンスを失っていく。
違う人間と出会うことの大切さを、私は毎日じっくりと味わっている。