私情つうしん 第2号 1995年8月発行
応援席
私情つうしん へのメッセージ
by 大津由紀雄
by 大迫弘和
by 平子友長
by 村田猛雄
by 津田 正
by 中沢保生
by 塩崎真理
by Nora Kohri
あなたも『私情つうしん』にメッセージをお寄せください。
あまり「海外子女」「帰国子女」と繰り返さないほうが、視野をせばめないですむように思います。そう思ったのは、たぶんわたくしが帰国子女ではないからでしょう。海外子女・帰国子女というユニークな視点を失わず、かつ広い視野を見据えた編集…… ああ、なんか優等生的かな。
とりあえずはモーラル・サポート(このことば、「モーラル・サポータ」と転用できますかね?)いたします。
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がんばれ 私情つうしん!
#1、丁寧に読ませていただきました。(面白かったですよ)。
関西area に生きる帰国生たちとワイワイやっている毎日ですが、それは楽しいと同時に思案を強いられる日々です。
キコクということばが消える日まで、キコクに徹底的に深くこだわり続けて下さい。
サポートします。
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「『文化』は名詞か形容詞か」興味深く拝読させていただきました。御主張の論点については全面的に賛成です。しかし、これらの論点が、人々の常識に必ずしもなっていないことも事実
で、世界の社会科学や哲学の水準も、文化における集団性と個人性の関係について、十分説得的な理論を提供していないというのが実情です。
私共のシンポジウムが、ささやかなりとお役に立てたことは、私共にとりましても、大きな喜びとするところです。
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利害をぬきにした何かを思い立ち、それを形にすることはたやすいようでなかなかできないことです。その新鮮な発意に敬意を表します。ぜひこの炎を絶やすことなく、わき出るものを見続けて、表現していってください。きっと、すばらしい結晶として次代の人達の心にも伝えられることと思います(もちろん同時代人にも)。
以前仕事で「帰国子女」という言葉を知り、多少の知識をもっている程度なので、これを機に「帰国子女」という自分の体内にひそむ意識に血を通わせ、肉をつけていってみよう(肥満にならない程度に)と思いました。
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「文化」は名詞か形容詞か、というのははっとする視点でした。そう言えば、multi-culturalismという風にはあまり使われなくて、大抵はmulti-culturalというように使われるケース
が多いように思いました。
「文化」という言葉にしろ、「帰国子女」という言葉にしろ、こういう普通名詞は、個々の持っている属性などはあまり見ないことにして、おおざっぱに物事を1つの枠の中に押し込める機能を持っているわけですが、その抽象化、一般化、比喩化こそ、人間の創造力の源であり、同時に差別意識の始まりである、などと、何か一人で納得しておりました。最近、固有名で生きよ、などという言葉がありますが、あれって、Be Personal.と訳せばいいわけだ、とこれも一人合点しております。
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『海外子女教育』はなんとなく登場者(筆者?)の顔が見えにくいように感じていましたが、タイトルを反映してか『私情つうしん』は生々しく感じられて面白かったと思います。紙面の活字よりも電子メールやBBSに慣れてしまったせいでしょうか。
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私たちが帰国してから長い月日がたち(最初の帰国から、という意味ですが)、日本でもそれなりの職業で、安定した役割を担って生活している方が多いのだと思いますが、何か、私は今でも周囲に対して不必要な気がねがあるようで、ホンネが語れそうな仲間からのお便りにうれしくなりました。
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I think the biggest problem was that although there were so many things that hit us and so many things that we wanted to raise an issue, but, there was no place to raise our voice and most of all there were no recipients who were experienced enough to understand the way we think and the way we feel. So I am still not sure whether people will understand what I think because they may not think the way I do and when people do not have the same pattern of thinking, they may understand the means of communication (ie, English or Japanese in my case) yet they may not fully react to the impulse that is sent from the message.
But I will not give up, and I will try to support in the means of sending in manuscripts.
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copies will be received at the editors as well
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