私情つうしん 第2号 1995年8月発行

二兎を追え

by 曽我部泰三郎

 古くからの諺に「二兎を追う者、一兎をも得ず」がある。これは同時に二つの仕事をしたり学んだりする者は、結局一つの成功さえ得られないということの戒めである。
 海外で学んだ子女達は現地の学校に入るとABCから否応なしに現地語を学ばされる。そのうえ土曜日には、国語も大切だというので終日補習授業校で勉強をし、宿題もたくさん貰って帰る。日本からは、国・社・算・理の通信教育が毎月送られてくる。
 子女達は、当初は現地の学校で毎日を言葉のために苦しい苦しい学習の連続で過ごす。家にもどるとだんだん無口になり、顔は色つやがなくなり、手首はやせ細ってくる。しかし1年もすると現地の学校が面白くなる。2 年経つと現地の友人達と対等に学習が出来るようになり、帰国するのがいやになるくらいになる。この間、日本の勉強も一通りはマスターしている。二兎を追っているのである。
 このような子女を私は数多く知っている。というより殆どの子女が、二重も三重もの学習に耐えて見事に成長して帰国している。当初は勿論、長い海外滞在の途中でも、どれほど苦労し如何に苦しんで勉強に耐えたかを見ている。
 海外子女の姿を見るにつけ、私はどうしてもこの諺を思い出す。と同時に、相談を受けると「敢えて二兎を追え」と激励をしてきた。現地の学校に通えば日本の勉強を一切断つのが一兎を追うことだろうが、これまでの例は二兎を追ってみんな成功している。
 日本ではこの諺が昔から重きをなしていて、大学でも社会に出ても、あれこれ学ぶことは余り奨励されてこなかった。一つの道に邁進することが善とされてきた。しかしヨーロッパなどでは、医者が大文学者であったり、数学や理学の学者が絵画や文学にも秀でている例は数限りなくある。日本でも森鴎外は軍医であり作家であり評論家であったことはよく知られているし、東大総長を最近までなさっていた有馬朗人氏は今や俳壇でも最高位の人である。二兎を追う例としては失礼かも知れないが、このような人は最近日本でも多く輩出している。
 海外で二兎を追った諸兄はこれを誰よりも強く経験した者である。これからも大いに二兎も三兎も追ってみてはどうか。そして何時の日か、二兎を追ってはいけない時に出合うかも知れない。その時だけは一兎にしぼればよいのである。帰国子女が追った二兎の価値は大学でも社会でも高い評価を受けているではないか。
 過去20年の間に、すでに十数万の帰国子女が日本各地で活躍している。これからも毎年1万余の子女が続いて帰国し、日本の教育に社会に、持ち帰った文化を知らず知らずの間に伝えている。これによって日本の国際化は着実に進んでいく。
 古い話になるが、オリンピックの誘致を名古屋とソウルとで競った時がある。一週間前までは、絶対名古屋有利と日本国内は湧いていた。ところが投票の結果はソウルに大差で負けた。これは、日本側の情報網には英語の情報しか入らなかったからだと言われている。これなども日本における外国語の底の浅さを物語るものである。英語に限っても、TOEFLの受験者の平均点はアジア20カ国の下から4番目の成績との話を聞いたことがある。こうなると日本の企業が危うい。政治・外交も立ち遅れているという。帰国子女よ、自信をもって活躍してほしい。