私情つうしん 第2号 1995年8月発行
世界観を変えた額縁屋
by 大山智子
「額縁屋」と遭遇したのは、梅雨も明けた暑さ全開の月曜日だった。仕事を終えて帰路についた10時半。地下鉄のホームでの出来事である。
上司A氏の乗る下り電車がホームに滑りこむ。「お疲れさまでしたァ」と頭を下げかけた時、ひょろ長い男が電車の巻き起こす風に煽られながら通りすぎて行った。年の頃は40代前半。存在感のない薄っぺらい体格。洒落っ気のかけらもないねずみ色の背広。しかし視界の端でとらえたのは、男の背広の背に鮮やかに縫い取られたオレンジ色の文字だった。曰く
「『並』なんておもしろくないでショ キャンペーン 実施中XX額縁店03−36XX−XXXX」。
ホームを歩く男の行方を視界の端で見失わないように追いながらA氏を見送る。電車のドアが閉まるやいなや、私は男の追跡を始めた。その男の背中をホームにいる人々が目で追っている。その男に追いついてみると、男には相棒がいた。「お父さん」と男に呼びかけているところからすると息子らしい。釣り人が着るようなポケットのたくさんついた緑色のチョッキを着た小学生の息子の背中には「額縁が貴方の心をくすぐります」。ま
すますわけがわからない。私の好奇心は絶頂に達しつつあった。
男に続いて電車に乗りこむと、男からいちばん近いポジションに吊り革を確保し、男の視界に直接入らない斜め45度の位置から男を観察することにした。普通の男性より頭ひとつ分飛び出た身長。額縁屋が背広を着ないという法はないが、見るからに何かが不自然なのである。しかも、筋の浮き立っている首はやけに日に焼けている。足もとを見下ろすとどうも靴も足に馴染んでいる様子ではない。ここまでくると前髪のカールの具合までもがミスマッチに見えてくる。そして背中の縫い取り。あからさまにあやしいこの男はいったい何者なのか。宗教系のヒトか、あるいは秘密結社か、頭の回線がキレているヒトか…あらゆる可能性を頭でシミュレーションしてみる。しかし、私の本能は男を「危険人物」とは判定しなかった。
電車がJR線との乗り換え駅に止まると、男は相棒を従えて電車を降りた。このままドアが閉まればおそらく永遠にこの「額縁屋」はナゾのまま終わってしまう。とにかく小走りで男を追いかけた。
「すみませーんっ。何のキャンペーンなんですか、コレは」
「いや、新しい額縁のなんですよ」。
その答えようは私の質問を待ち構えていたかのようだった。
「従来の額縁というのは、火事にでもあったりすると中身も燃えてしまいます。しかし、私の考えた新しい額縁は火事になろうと中身が燃えないという画期的なものなんですよ」「スペース・ラブっていうんです、その額縁。これは空間を愛するっていう意味もあるんですけれど、アメリカのナサの実験室の名前でもあるんですね」。
ホームから改札へのエスカレーターが上昇を続ける間、男はその画期的な額縁について語り続けた。その内容とは裏腹に男の目は不思議なほど「普通の人」の目だった。
愛する「ラブ」と実験室の「ラブ」は異なる英単語じゃないか、というつっこみは飲みこむとしても、なぜ新しい額縁が「『並』なんておもしろくないでショ キャンペーン」というコピーになるのか、なぜ親子でその刺繍された服を着ているのか、その額縁はどんな素材でできているのか、など、聞きたいことはいくらでもあった。しかし、エスカレーターはその質問を投げかける時間を与えてはくれなかった。エスカレーターが頂上につくと、先に階段を駆け上っていた息子の「お父さぁん」という声に呼ばれて男は改札を通っていった。
結局、「額縁屋」が何者であったのかはわからず終いだ。背広の縫い取りにあった電話番号へダイヤルしても、留守番電話に内蔵された機械的な音声が機械的に不在のメッセージを告げるだけだ。けれども他人にはワケのわからんことを真顔で遂行しているこの額縁屋の存在はなんだか私をうれしくさせてくれるのだ。
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