私情つうしん 第2号 1995年8月発行

パラダイムの逆立ち

1. 「帰国子女」の定義
2. 適応とそのストラテジー

by 古家 淳


1. 「帰国子女」の定義

English translation by Monica SKIDZUN

「帰国子女」ということばには、いまだに確立した定義がない。したがって、たとえば「現在、日本には社会人になった帰国子女が何人いますか」という、実際に私がとある週刊誌記者に聞かれた質問には答えようもない。「現在、日本には何人の帰国子女がいますか」と問われれば、文部省が毎年公表している『学校基本調査』にその項目があるから、それを答えることはできる。この調査では「海外勤務者等の子女で、引続き1年を超える期間海外に在留し」、当該年度のうちに帰国した児童生徒を調査している。たいがいの資料ではこれを3年分累積した数をあげている。また、小学校から高校までの数を出すのが通例となっている。つまり高校を卒業してしまえば数えられないし、すでに3年を超えて日本に滞在している者は加算されない。さらに、この調査に答える学校や教育委員会の現場に行けば、基本調査の「海外勤務者等の」ということばの意味もかなり柔軟にとらえられていて、中には外国人だろうかなんだろうが、ともかく国外からやってきた者をすべて数えているケースも実際に見たことがある。とくに最近は、独身で赴任した社員が現地で結婚し、現地国籍の妻とともに日本にやってくる子どもなど、「等の」をどう解釈すればいいのか困るような複雑なケースが生じてきているのも現実だ。
 こうなってくると、帰国子女の定義などはどうもあまり問題でなくなるような気がする。もともと、日本育ちの子どもとは異なる側面を持ち、かといって純粋に外国人とはいえない子どもたちに便宜上つけられた呼称が「帰国子女」であるという実態がある。
 それならば、「帰国子女」とは本来、日本で生まれ、日本で育った、両親ともに文化的にも血統的にも日本人である、ごく『普通の日本人』といえる子どもたちの補集合であるととらえることができる。すなわち、『普通の日本人』ではない日本人の子どもたちが「帰国子女」と呼ばれてきていると解釈することができるのだ。だが、では「普通ではない」とはどういうことなのか。文化的なスティグマあるいはブランド性の有無が決めるのか、それとも本人ないし周囲の認識が決めるのか。
 従来帰国子女の特性などがさかんに研究されてきたが、冗談ではない。もともとその「定義」からして「〜ではない者」という集団の特性をいくら研究してみても、焦点は拡散していくばかりなのが論理的な帰結である。もしも特性を研究するならば、「〜ではない」といっているそのもともとの「〜である」人々の特性を突き詰めるほうがよっぽど有用である。
 従来の帰国子女研究の落とし穴は、実にここにあったと考える。もちろん、『普通の日本人』の定義づけを行うことも、その特性を項目立てることも、かなり困難なことである。厳密にいえば、本人の国籍以外に「日本人」を区分けする方法はないかもしれない。ではその特性は? 分類しようとするから定義が必要になるのか、定義をつくるから分類できるのか。分類するから特性が生じるのか、特性をつくるために分類するのか。このあたりは博物学あたりの知見に学ぶ必要があるだろう。
 ただ、「帰国子女」の定義を問い、その特性を問うことが実は『普通の日本人』の定義や特性を問うことと裏腹になっていると考えれば、その無意味さも無謀さもよく見えてくるのはたしかである。


2. 適応とそのストラテジー

 帰国子女の適応研究の分野で、そのストラテジーの分類が提唱されている。たとえば「つけ足し型」は海外で身につけた価値観や生活習慣などの文化に日本のそれをつけ足して日本社会に適応していくこととされ、また「削り取り型」は海外で身につけたものを削り取って日本に適応していくこととされた。こうした研究はたしかに帰国子女本人たちにも「苦しんでいるのは自分だけではないんだ、こういうやり方もあるんだ」と励みになる面もあったが、適応の対象となる日本社会を不変のものととらえていた。
 適応とはここでは個人が社会に馴染み、違和感がなくなっていくという意味で使われているが、具体的な場面においては学校でも企業でも地域社会でも、そこに現われる「社会」とは人間の集団であり、適応の過程もミクロ的に見れば個人と個人の間の相互作用と考えることができる。したがって適応とは、ダイナミックで双務的な人間関係の中に起きる現象であって、片方の側だけが相手に合わせることを要求されるべきではない。仮に1000人対1人であったとしても、1人の側が変化を起こして相手に合わせていくのであれば、1000人の側もその1000分の1でいいから1人に合わせていくべきではなかろうか。
 ここで私は「環境変革型」ともいうべき適応ストラテジーを提唱する。これは自分を取り巻く人々によって形成される社会環境そのものを一つの可変数ととらえ、これに対して積極的に働きかけていくことによって自分の居心地をよくし、自分の居場所を確保していくストラテジーである。
 またこのように一つの社会環境を所与の条件として受け入れることを拒否する可能性を考えてみれば、「環境離脱型」あるいは「環境探索型」ともいえるようなストラテジーが存在することもわかる。これは与えられた環境を拒否し、別の環境に移動していくことによって自分の居場所を確保しようとするストラテジーである。海外へ脱出することもあるだろうが、日本国内において自分を受け入れてくれる環境ニッチ(niche)を捜し求めることも含まれる。
 帰国子女ではないが、同じように教育の不適応といわれる不登校の事例にあって、学校に戻らずフリースクールに通うような場合が「環境探索型」に当たるだろうし、かつて学園闘争を唱えた運動家たちや、現在でも校内で生徒会活動などに奔走する生徒などは「環境変革型」を採用することによって仲間を増やし、自分を取り巻く学校の環境に適応する道を選んでいると見ることができる。
 同様に、たとえば働く女性が企業社会の中、あるいは自分を取り巻く家族環境の中で選び取っていく行動も、従来いわれてきたような「つけ足し型」や「削り取り型」ばかりでなく、「変革型」や「探索型」の適応事例として考えることができる。
 このように帰国子女を離れてさまざまな社会適応の事例を考えてみると、環境は不変ではなく、積極的に働きかけて自分の居場所を確保する場でもある。同様に帰国子女が「適応しなければならない」といわれた日本社会にも絶対の権威を認めるわけにはいかない。社会そのものが可変的でダイナミックなものであることは考えてみればあたりまえのことだ。帰国子女のストラテジー研究がこれまでこの点を見落としてきたのは、おそらく帰国子女に適応を要請してきた社会、すなわち日本の学校という環境があまりにも固定的で閉鎖的な絶対権威主義に塗り固められていたからではないだろうか。


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