I stumbled on your HP today. I spent my first thirteen years abroad, and the only Japanese I had learned then was at home. When I came to Japan during junior high, I guess I had caused quite a commotion among students and teachers alike; in those days there were not as many so-called kikoku-shijo, especially not where I moved to. However, I made many friends who accepted me for what I am, and although I did not exactly enjoy studying, I enjoyed school.
Reading some of the letters in your HP started me thinking how lucky I was.
I wish good luck for all those struggling out there, and hope they can find peace with who they are.
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私は大学で日本に帰国したのですが、大学で、それはそれは多くの個性的で自己表現が強く、積極的な日本人に出会いました。(そういう「強烈な人たち」が周りにいる環境だったので、とても恵まれていたというか、楽しい大学生活を過ごせたのですが。)でも、彼らは私にしてみればまさに「強烈」というか、度がキコクの激しさとは違うというか、ある意味病的というか:)、人工的というか。私たちキコクは、日本に帰って来た時点で自分は「他の場所から来た」という「目に見えた違い」が用意されている。もともと違うんだからいいじゃん、というような免罪符のようなものがある。けれど一方で、国内でずっと育ってきた人たちは、誰にも「違い」を与えられていない。それでも「自分に誠実でいようという十字架」を背負っている人たちは、何とか、そこから抜け出ようとする。「〜でない」人に自ら(それこそ「積極的に」)なろうとするので、どこか歪んでいるような、自然じゃないというか、多勢を意識した反発の力から生まれる「個性・積極性」なので、「柔軟性」はあまり培われない。・・・ような気がしています。キコクも日本社会を意識して個性を出していく部分も多くあるのだと思いますが、国内で育ったそのような人に比べると、逆に少ないのではないかと思います。もっと軽いというか。だから、個性とか積極性よりも、帰国子女の特徴というのは「柔軟性がある」ということでは?と思います。
でも、すごいです。そういう国内で育った個性の強い人というのは、ほんとに根性があると思います。そういうかっこいい友達が多くいます。キコクは、その点、気ままというかお気楽というか、「日本に住まなくてもいいんだし」という切り札を持っていますよね。そうであっても、どこに行っても日本を意識せずにはいられないことも、また事実ですが。:)
隣でとても流暢に英語を話しているバイト先の同僚が初めての「帰国子女」との出会いでした。
自分が学生時代の、もう、随分昔の話となりましたが、あの当時、映画やテレビでしか知らなかった外国の街でその同僚が暮らしていて、母国語の如く英語を操るのを好奇の目で見ていたことは事実です。
幸い、今では「帰国子女」の数も増えて、一頃の好奇の目で晒されることはなくなりつつありますが、「帰国子女」の皆様が日本に戻ってからの苦労は人一倍、自国文化の吸収に努力をなさったのではないのかと思います。
自分が知り合った「帰国子女」の方々は皆、優秀な方々が多く、その国籍は多方面に渡っています。
感受性の高い幼少期に異国文化に接せられたことは、素晴らしい経験だと思います。逆に、日本の文化の橋渡し役として今後の御活躍に期待を申し上げます。
今の自分の職場では、帰国子女に囲まれて、唯一の幼少時の海外体験のない人間となってしまいました。時折、その中に溶け込めず、寂しい思いをする時がありますが、これは「帰国子女」の皆様が経験なさった思いと同じものなのでしょうか。その葛藤の一面に触れた思いがします。
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