logo 私情つうしん 第18号 1999年10月発行

ペキンスカヤの中庭で  (16)

by 中津燎子

連載の前の回

 クリントン大統領にまつわるプライベートなすったもんだを眺めていて(もちろんメディアを通じてだが)つくづく思った。「正直な、ありのままのアメリカ人が一人、ここにいる」とほっとした。
 以前から大統領を政略的に神格化しすぎてしまって身動きがとれなくなったみたいなアメリカのふんいきが、私は大変気にいらなかったのである。国の指導者や代表者を神様として祭りあげるのは日本の得意わざで、ついこの間まで堂々とやっていた。秀吉だって、東郷元帥や乃木将軍、その他もろもろの偉人たちがアッと言う間に神様だ。
 しかし人民が人民のために建国したアメリカで、わざわざ日本のまねをしなくてもいいではないか。大体、ビル・クリントンとモニカの間に起こったことは、賢い女房にアタマのあがらない好色な中年男が、まんまとワルガシコイ小娘にしてやられた、と言うことで、どこにでもあることだ。そして中年男がウソをついてシラをきり、ワルの小娘が「ホントはこうなのよ!」とやってゆするのもよくあることだ。体液のついたドレスを数カ月もキープしていたモニカはゆすり屋でしかない。彼女がそのドレスを抱いて朝夕ビルを慕って結婚をゆめみて泣いていたなんてことはあり得ない。だったら「ゆすり」ではないか。そしてそれにひっかかった好色中年男は愚か者の典型である。
 しかし、こうした関係はあくまで「プライベートアフェア」である。モニカの件でウソをついたから過去のアーカンソーだかどこだかのビジネストラブルでもウソをついた筈だ、とスター検察官が叫ぶのはおかしい。過去のトラブルでクリントンのウソを立証出来なかったのはスター氏本人の能力不足でしかない。それを「私事」にまでふみこまなければならなかったのは、逆に自分の不能を証明したようなものではないか。
 日本では、アメリカのメディアの主張と一般国民の考えがはなれていると言うことが意外や、意外!!とふしぎがられているみたいだけど、私にはそうふしぎでもない。
 一般アメリカ人にとってビルとモニカのやったことは隣のフレッドとメアリがやったかもしれないことで、自分もある時、誰かとよろしくやったことだし、もしか将来、機会があったら又やりたいことなのかもしれない。
 大統領は神様ではなくふつうのビルで、たまたま女房が賢くて、たまたま本人も努力をして、いい仕事をしたのだと言う人間像を、アメリカの大衆がもつことは決して悪いことではない。常に清く正しく美しく、女どころか便所にも縁のないような妙な指導者をもりたてる風潮は北朝鮮でもう沢山だ!! 時々耳にする、かの近くて遠い国の、熱にうなされたような叫びは、私には昭和10年から20年までの10年間、朝夕きかされた大日本帝国は神国であると言う大合唱を思い出させる。そもそも人間がむやみに特定の何かを賛美しはじめたらそのホンネはそう言っている自分そのものを偉大だと認めさせたい時で、大いに警戒が必要である。特に一つの国の代表を神様に祭りあげたがる連中の中にメディアが入っていたらお手上げだ。ビルは女にだらしのない男だけれど仕事がまアまアこなせればいいんじゃないの?


プロフィール
1925年福岡市に出生。3才で、日本領事館で通訳として勤務する父に連れられて旧ソ連領のウラヂオストック市に渡る。1936年、日本に帰国。戦後、1956年渡米。結婚し2児を連れて1965年帰国。以降、英語塾を開き、東京・大阪・九州で異文化対応と発音訓練を教えて現在に至る。