私情つうしん 第18号 1999年10月発行

前号よりつづく
私の名前達、あれこれ (承前)
次に(3)の「金・千佳(きむ・ちょんか)」とはどういう名前だったのか。
この名前を名乗り出した頃の私には、確かに「金本」姓を通しての「日本」に対する恨みのようなものがあった。自分の存在の置かれようを腹立たしくも思った。今の自分が「日本」に対して持っている、「疑問」とか「やっぱり変だよなぁ」といった感情に比べれば、かなり激しいものだったと思う。「金」と勇気を持って名乗れる自分が、誇らしくも思えたものだ。
今なおその風潮は濃いと思われるが、(3)の名前を名乗り始めた頃、在日韓国・朝鮮人社会において私は「しっかりした偉い子」として評価された。日本社会において勇気を持って「本名」「民族名」を名乗ることは、「偉い事」であり、「民族意識」を自覚できるのは「しっかりした子」なのだそうだ。自分自身には「民族意識に目覚めた」という意識はなく、単なるパスポートのための改名だったくせに、私は調子に乗って、すっかり英雄気取りの時もあった(恥ずかしい........^-^;)。敢えて言っておけば、在日韓国・朝鮮人社会では、今も「当然」のように「本名宣言」が奨励され、「通名」「日本名」とされている「千佳(ちか)」を名乗れば、その勇気のなさを同情されたり嘲笑されたりするだろう。私は、私でいうところの「金・千佳(きむ・ちょんか)」を名乗ることや、そういう人が在日韓国・朝鮮人の中に増えることは否定しない。ただ、なんでもかんでも「本名」「民族名」で、それを名乗ることが、在日韓国・朝鮮人社会における一種のステイタスと化していることには疑問を感じるのだ。
在日韓国・朝鮮人の多くは、「通名」「日本名」に対して「本名」「民族名」と言うが、「韓国名」とはあまり言わない。「金本」が日本社会のための名前であったと感じるように、私は「ちょんか」を、韓国という「国家」や朝鮮民族のための名前に過ぎないと感じるようになった。先に私は、《国境を越えて生きていきたいと思っていた私にとって、パスポートの重要性は高かった。その時の私には、パスポートに表示される名前が「ChunKa/KIM」である以上、「金・千佳(きむ・ちょんか)」になるしかない、という発想しかできなかったのである》と述べたが、今では名前が何だって、国境を越えて生きることは可能だと思うし、もし不可能な現実があるなら、それは可能にしたほうがいいと思うのだ。
「ちょんか」を「本名」としてではなく「韓国のための名前」と考えるようになった背景には、二点ほどある。それらは言語の違いからくる。
一つには、日本も韓国も漢字という中国文化の所産を共有しつつも、その読み方が全く違うことに起因する。日本で教育を受け、ハングルを知らない在日韓国・朝鮮人が多い現状において、日本での漢字の読みに従った名前が増えるのは、ごく自然なことである。しかし、どれだけ綺麗な響きのかわいい名前も、国境を越えたとたんに、「変な名前」に変わってしまうのだ。私の場合、「千佳」は日本では「ちか」と読み、それなりにポピュラーな名前だが、韓国にはそんな名前は存在しない。私の知る限り、「韓国人」で「千佳」という名前の人は皆、在日韓国人の女性である。9年もの間、ハングルを知らない人々を騙し続けてきたととられると心苦しいが、実は「ちょんか」は、ハングルチックな正しい発音に近づけるならば、「チョンガ」となる。そして、ハングルで「チョンガー」と言えば、「独身男性」を意味するのである。女の子につけるには、とんでもない名前である。「おばあちゃん達、ちょっと待ってよ〜」とは思ったものの、「ガ」をやめて「か」にしとけば、それなりにかわいい気もするから、まぁいっかと思っていた。
ところが妹にこの話をすると、彼女の知り合いには「真澄」君がいるという。「真澄」はハングルでは「チンチン」に近い発音になる。「真澄」君は、「俺はチンチンだ」と笑っているというが、彼にはそれしか術がないのである。私も含めて他人は、深刻そうな同情の眼差しを向けつつも笑いをこらえられない、で済まされるが、自分の身に降り懸かったなら、選ぶ道は二つ。「真澄」君のようにギャグにして笑い飛ばしつつ陰で泣くか、思いっきり韓国嫌い(または名付け親嫌い)になるかのどちらかだ。「真澄」君は、中学校1年生。かつて指紋押捺を課せられた16歳にもまだ遠い、わずか12歳だった。
これでは、まぁいっかと思っているわけにはいかない。私だけの問題ではないと、あらためて改名計画を思いついた。
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