私情つうしん 第18号 1999年10月発行
『私情つうしん』インターネット版では98年2月からBBSを設け、読者のみなさん方の自由な意見交換の場としています。
BBSはこちらです
先号にも掲載した次の文章をめぐって、いくつかの意見が交わされました。
strat
日本の企業社会で生きて行く為には、日本の受験勉強をしていない事はマイナスになるのでしょうか? ちなみに自分は中学は公立に。卒業後、高校は海外現地校。大学は帰国子女の枠で入学しました。就職は試験を受けて入社しましたが、入社以来ずっと気になっているのが日本の企業社会のおける受験システムの存在です。受験にとらわれすぎてしまうのはおかしいかもしれませんが、そう思わざるをえない事が仕事をしててとても多いのです。自分みたいな経験をしている人間はどう生きていったら良いのかとても迷います。意見ください。 |
from Li
日本の企業に務める日本人会社員(女性)です。子供の頃、英国に住んでおりましたので、英語はある程度話せます。職場に海外からの短期研修生が来ていてアテンドをしています。仕事の内容は、専門職の仕事から細々とした雑務までこなします。
しかし、このプロジェクトが始まってから、一部の女性社員から反感を買っています。自分が反感を買う原因を作っていることは認めます。研修生と英語で仕事上のやりとりのみならず楽しく歓談したりすることは、自分が英語が出来る事を見せびらかすための露骨な言動と解釈されても仕方がありません。女性研修生とは、普段は弁当を持参しない私が弁当を買って持って行って彼女のオフィスで共に食事。一応、他の日本人女性達にも一緒に食事をしようと声をかけましたが、誰も応じませんでした。義理は通したのだから、批判される筋合いはないと思うのだけれど、これもやはり露骨に見せびらかす行為と解釈されたかもしれない。
きっかけは、私が研修生の本国に送る資料をめぐって、複写物の管理をしている女性社員と情報のゆきちがいが起きたことからでしょう。彼女のむかつきは限界を越え、仕事に関連した事でも私を無視する。お菓子を私には絶対にくれない。私が持って来たお菓子は絶対に口にしない。・・・大人げない露骨な意地悪は取るに足りません。しかし、他の女性社員は心情的に彼女の味方であることは感じ取れます。
私の職務は研修生が快適に研修生活を送れるようにすることが含まれ、これは上司の方針とも一致します。当然、研修生達との良い人間関係は必須。研修生は日本語が判らないし日本側スタッフも彼らの母語を知らないので共通言語である英語を職務上英語を使うのは必須。だから英語を使って研修生達にフレンドリーに接する。そして、研修生も上司や私といったスタッフも楽しく仕事ができている。海外研修生達とのフレンドリーな接し方を改める気はありませんし、自分の英語のレベルを敢えて落として仕事をしようとも思わない。私の考えは間違っているでしょうか? 私が研修生と心から楽しそうに接することは、間違っているでしょうか?
from クロ
私はアメリカで生まれ、幼稚園から大学まで日本で過ごした一番悲惨なパターンです。(なにしろ何も覚えていませんから)
さて、入社までは受験システムが有利に働くのは間違いはないですが、その後はあまり関係ないような気がします。
私は受験システムの恩恵を受けられるはずの学校を卒業しましたが、勤めていた外資企業が撤退し現在就職活動中です。手当たり次第履歴書などを送付していますが書類で落とされる事も多いですし、会社は学歴でなく職歴で判断しているのは間違いありません。
また、まだお若いようですから休職してMBAを取りに留学するなど積極的に行動すれば道は開けるはずです。
stratさんはやりたいことがあって入社されたことと思いますが、せっかくですからその会社を徹底的に利用し、いつ外に出ても通用する経験・実績をその会社でつむことを考えてみたらどうでしょうか?
がんばってください。
from きまぐれ
日本の受験体制にどっぷり浸かって成長してきた私にとって、このような質問には、答えられる立場ではないのですが、個人的な意見を書きこみます。
日本のように没個性、没責任感の集団体制を作り、ありの集団のごとく力を発揮する民族にとって、受験体制はこの上なく、いいシステムであると思います。(上記のような言い方をしましたが、決して悪口を言っているのではありません。)
「試験」というペーパーテストの一面だけで人物を判断してしまえば、誰の責任でもなく人物を選べ、特に大きな成功を期待できなくても、そこそこの成果を収めることができ、いざとなれば、どこから切り崩しても「集団」は残るわけです。
さて、お悩みのstratさんは、普通に受験して入社したとのこと。
企業があなたに期待しているのは、ほかの人と同じく企業体制に入り込むことです。
才能を買われ、特別待遇で入社した人々以外は、企業として、体制に従わない者は排除するように動くはずです。これもまた「ありの集団」と同じですね。
上記のことをすべて理解した上で、なおかつ「受験体制」を批判していこうとするならば、自分の立場をある程度犠牲にする覚悟が必要でしょう。「千里の道も一歩から」のたとえのように、「あいつには、ポリシーがあるからなあ」と評価を受けるまでは、ただひたすら孤独にうち勝って行かねばなりません。自分の才能で勝負し、仕事上でもそうやって勝ち続けていけば、自然と評価が高まります。「あいつは特別だ」。
そうやって評価を勝ち得てきた人も、少数ながら聞いたことがあります。あとは、「度胸」と「努力」でしょう。
みんな同じように選択に悩みながら、進んできたんだと思います。
あなたもBBSで発言してください。よろしくお願いします。