logo 私情つうしん 第17号 1998年8月発行

特集
「帰国子女」をめぐって


本来動き続け、意識し続けてこその「帰国子女」

河野陽子

 #16の「パラダイムの逆立ち・帰国子女の性格特性」には痛いところをつかれた思いです。
 「痛いところ」とは、最近周りにホンモノの帰国子女がいないのをいいことに深く考えることもせず、「帰国子女」の上にあぐらをかいていたかもしれないぞ、私は、ということです。いまだに「キコクっぽい」と言われることがあるのでよく分かるのですが、「帰国子女」の言葉の後ろには確かに「個性が強い」「積極的」「自己主張に長けている」という語句が隠れていると思います。そういう自分のキャラクターが表に出たときに言われることが多いので。
 でもなぜ、帰国子女ではないのにそんな風に言われなくてはならないのか。それはどうやら「キコクっぽい」という言葉がどちらかというと「アウトサイダー」のメタファーになっているからのようです。帰国子女でない人にそう言われた場合には「あなたは私がいるのとは別の場所にいる」と線を引かれてしまった感じがしますし、帰国子女の人に言われたときは「その目立ち方、キコク的」というニュアンスがあるのです。(ただ、帰国子女の人に言われるときは「おたがい苦労が多いよねっ」という文脈のことが多いので、なんだかホッとするものです。)
 昨年生まれて初めてアメリカで過ごして帰ってきてから、精神的にちょっとおかしなことになってしまいました。「こんなことなら帰って来なきゃよかった」と半ば本気で思っていました。初めて行った外国でなぜあんなにのびのび暮らせたのか、なぜ日本ではそれができないのか、全然わからなかった。私が馬鹿なのは、それを「帰国子女」の言葉から考えようとしていたことです。そのあげく、私って日本じゃ暮らせないのかも、なんて思ってました。
 でも違いますね。おそらく、私がニューヨークであんなにのびのび生きていたのはただ、名実ともにアウトサイダーだったからです。そもそも外国人だし、ちょっとくらいエキセントリックでもそれで許してもらっていた。「日本から来た」という、アウトサイダーとして確固とした立ち位置を初めてもらって、そこですっかりくつろいでしまったのです。「キコクじゃないのにキコクっぽい」というねじれがないことのうまみを味わってしまった。だから、私にとって日本脱出という考えは問題回避でしかないでしょう。というのも、日本に戻ってきてからの私はもともとのねじれた不安定な立ち位置に耐えられなくなっただけなのですから。
 「帰国子女」という言葉は確かに私に一つの立ち位置を、自分を考える鍵を与えてくれました。それなのに私はいつのまにか「キコクっぽい」の言葉を都合よく解釈し、本来動き続け、意識し続けてこその「帰国子女」の上にどっかり座り込んで安心しきっていたのです。ノン・ネイティヴの社会で暮らす、ねじれのないアウトサイダーとしての立ち位置は今より楽かもしれませんが、それではある程度時間がたったらまたどこか別の場所へ行かなければならないでしょう。安定したアウトサイダーであり続けるために。それはおかしい。矛盾している。内面的なアウトサイダーと社会的なアウトサイダー、とうとう私はこの二つをごちゃまぜにしてしまったらしい。
 私は「この大勢の中にいる私とは何者か」という問いのふりだしにまた戻ってきています。「この」大勢の中、自分が生まれたこの社会で(そこにいることが本来一番自然であるはずなのに)感じ続ける居心地の悪さをこれからどのようにhandleしてゆけばよいのか。この問題から決して逃げることなく、必ず決着をつけてやるぞ、と決意を新たにしています。この社会の中で自分が収まるべき場所はないような気がして、自分の一切に自信が持てない、なんてことはもうごめんです。
 ついでに、帰国子女に囲まれて暮らした高校時代、私に「キコクっぽい」という人はたいがい一般生でした。ある時帰国生の友達に「私ってそんなにキコクっぽい?」ときいたところ、「別に。ヨッコが言う“キコクっぽさ”っていかにもヨッコだなっていうだけだよ」と言われました。そういう意味で、あの高校はいいコミュニティだったな、と思います。


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河野さんは、「本来動き続け、意識し続けてこその『帰国子女』」と言うが、これは『私情つうしん』#8「この人に聞きたい! 島田雅彦さん 帰国子女ってなんですか(by 大山智子)」に書かれた 『よそ者であり続けること』の比喩としての帰国子女 という文章を踏まえているように聞こえる。

次の朴さんは在日朝鮮人三世であるが、共感の言葉を寄せてくれた。