私にも2人の現地校に通う子ども(ともに8歳。男女の双子。現地校では、9月より3年生。)がおり、現在は「海外子女」、来年の今頃は「帰国子女」と呼ばれることになります。帰国後の学校教育について、親として最近とても考えさせられてしまっています。ここアメリカの学校で学んだこと・体験したことが、帰国後、日本の教育制度の中に入っていった時に、どこまで保持でき、また、発展させることができるのか、といった悩みです。もっと端的にいえば、日本の公教育の中に帰っていくことが、本当にこの子供たちに幸せなのか、と疑問を抱いている、といったことになりましょうか。
最近では、時間があると、ついつい日本にあるインターナショナルスクールのHPなどを検索しているのですが、仮にこうしたインターナショナルスクールに編入することを選択した場合、これまた子供たちには日本の公教育の制度から外れたコースを歩ませることになるわけですから、かなり重大な選択で、親として勝手に決めるわけにもいきません。
文部省や海外子女教育振興財団のHPでは書けないこと・載せられない内容・得ることのできない情報を読むことのできる場として、このHPに期待するところ大であります。
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今日、はじめて、帰国子女というキーワードで検索を試みて、最初に訪れたのがこのページでした。さらっと目を通すつもりがすっかりはまってしまいました。
定義の問題は存在しますが、こんなにも“同志”がいるのかと、嬉しくなりました。推察するに、多くの方が既に社会人として、世の中で活躍しているようですね。今や、帰国子女の数も増えているようですが、我々のように一通り“見た、来た、やった”連中が後輩の相談相手になれればといつも頭のすみっこで考えていました。きっと沢山の経験談が寄せられるのでしょうが、私が後続の帰国ファミリーの役に立ちたいと思ったのは次の事件でした。
十数年前、一時帰国した時、確か虎の門にあった海外子女教育財団とかなんとかいう事務所に帰国後の相談に行き、ありきたりな、マニュアル通りの返答しか帰って来なかったこと。日本の学校への転入の話しにも、暴力問題があるので、とにかく帰国子女は目立つので地味にしていてくださいと注意を受けたこと。話しはあまり覚えていませんが、自分の存在が、海外に住んでいただけで問題児扱いされているのかと、とても情けなくなってきて、その相談員の部屋でぼろぼろ涙を出したんです。
母がひたすら下手にでて、何とか違う学区の帰国子女受け入れ校へ行けないかと頭を下げる姿が悲しくてたまりませんでした。しかし、そのおじ様、私に“花粉症ですか?”と声をかけてきた。彼が悪いとは思わなかったんですけど、帰国子女としての生活に不安を覚えた瞬間でした。ただでさえ、多感な年ごろに、それだけでも必死なところにもう一つの大きな悩みを抱えている人がきっといるのでは? と思います。
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