logo 私情つうしん 第17号 1998年8月発行
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前号よりつづく

LISAはRISA (承前)

 まわりに聞けば「りさ」という名前を持った人たちもLISAとRISAの間で同じような疑問を持ちながら私ほどはこだわらなかったと話していた。役人の頭を切り替えることはラクダが針の穴を通るよりむずかしいのかもしれない。

JOSHUAが許可

 そして最近、私は新たなチャレンジをした。
 今度は息子のパスポートを新しくするために申請書を提出した。その前に神奈川のパスポート課に連絡した。「ぜひ息子が海外で使用している名前を表記したい」と問い合わせると、「その名前が実際に使われていた証拠となる書類を提出してください」と、いとも簡単に教えてくれた。私はきっと「ノー」の答えが返ってくるかと思って、次のことばを脇の下汗たらたらにして待っていたのに。
 息子の名前は日本名では「由也」である。これは「よしや」と読む。しかしこの名前がつく前に私は英語の名前のJoshuaを用意していた。聖書に出てくるヨシュア記のヨシュア、「ヨシュアは攻めたよ、ジェリコー、ジェリコー」という歌があるほどだ。とにかくこれこそ、どこの国へ行ってもキリスト教が普及しているところだったらすぐ覚えてくれる名前だと思った。そして日本語でどのように書き表そうかといろいろと考え、なるべく元の名前に近い方がよいと思って「よしや」と名づけた。
 海外では「よしや」はいつもJoshuaであった。日本でも英語を話す友達には必ずJoshuaでintroduceした。私も英語で話しかける時はいつしかJoshuaと呼んでいる。つまり海外で使う名前はJoshuaしかなく、パスポートにはぜひJoshuaと入れてほしかった。こだわり。こだわり。(本人には受理されるまで伝えなかった。こだわっているのは私だけ。)
 そしてこのような手紙を神奈川県パスポート課あてに書いた。

米久保由也のパスポート名前(Joshua)追加の件

 拝啓 時下ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
 さて、このたびは息子、米久保由也のパスポートの名前の欄に普段使われておりますJoshuaという名前を付け加えていただきたくお願いいたしております。
 由也の母親は海外で育った日本人でありまして、由也は英語を母国語とし、生まれた時につけられたJoshuaという名前で11年間暮らしております。戸籍上ではその名前が受け入れてもらえず、通称で使うようにとアドバイスを受けたのみでした。シンガポールで6年間暮らしておりました際も本人はどこへ行ってもJoshuaで、正式な身分証明書としてパスポートを提出した際に名前がマッチしていなかったことで不都合な点が多々ありました。海外へ行った時はJoshuaという名前以外使いません。今回、サマースクールに登録するに当たっても、将来父親の海外転勤で息子が海外校へ入学手続きをする際にも、また本人の安全と身分を証明するに当たっても本人が普段使っているJoshuaという名前を正式にパスポートに記載する必要があるとせつに感じております。
 名前が実際使われていたという証明書は本人がシンガポールで育った際にアメリカンスクールで正式に認められていた書類がありますので添付します。本人の署名からも分かりますように本人自身もJoshuaという名前でサインします。
 どうぞ上記の海外における本人の身分保障ということで、普段使っている名前を戸籍上の名前の下にかっこという形でパスポートに記載していただけるようにお願い申しあげます。 敬具

 この手紙ですべて説明されていたにもかかわらず、窓口で数分間、てこづった。さらにもう少し上の人が窓口に出てきて話は続いた。私はまた汗たらたら。これだけ用意したのに答えは「これは外務省の管轄なんですよ」えー、それではまた出直しか。「まだこの分野では規制緩和がされてなくてね」えー、それでは望みがあまりないということか。「とにかく外務省に問い合わせてみますから。許可が出るかは分かりませんよ。とりあえず、これらの書類は全部こちらでお預かりしますから」
 私は不安な面持ちでその場を去った。

 それから数日後、返事が来た。しかしそれはyesではなく、外務省がねばっているとのこと。それでは何が必要なのか、なんでも揃えるからと伝えたところ、今回のサマーキャンプにJoshuaの名前で登録した証明書が必要だと言う。なぜ?というのが最初の疑問だった。私がいちばん伝えたかった身分証明書となるパスポートと名前の一致ではなく、行ったこともない、見たこともないサマーキャンプ事務所の書類の方を信じるとはどうして。その根拠が分からなかったが、こちらはそんなことを質問するより、とにかく受理してもらいたいために必死で書類を揃えて送った。

 そしてまた数日後。外務省から許可が下りたとの通知を受けた。受話器を降ろして私は「ヤッター」と大きく腕を振った。勝利だった。気持ちが通じた。日本も、外務省もまんざら捨てたもんじゃないとうれしくなった。いろいろ説明すれば一応は通る世界に日本もなってきたのだと希望を持った。

2000年にはAlicia

uzura  一件落着。しかし今度は2000年に有沙のパスポート申請が待っている。その時は同じ方法で今度こそAliciaを表記してあげたい。しかも有沙はシンガポールで出生届けをした時にAliciaのつづりで登録してある強みがある。やはり名前へのこだわりを持ったらとことん信念を持って情熱を持って断固妥協しないことである。10年、20年と通称であっても使っていたという証明があればいつか思いはかなうと信じている。


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