logo 私情つうしん 第17号 1998年8月発行

ペキンスカヤの中庭で  (15)

by 中津燎子

連載の前の回

 参院選の不在者投票に行って来た。
 その前日、市役所に問い合わせの電話をしたら大変なウェルカムぶりで「手続きは簡単です。ハンコもいりません。只おいで下さるだけで結構です」。
 しかし、小さな市ではあっても、歩いてゆける場所に市役所はない。とにかくギラギラの夏日に照らされて歩くのを最少限にして、汗をふきふき市役所にたどりつくと、大歓迎をうけた。
 一寸気をよくして手渡された用紙をみたら、不在の理由が仕事や旅行、遊び等々数種ならべてあって、○印でかこむことになっている。「不在の理由なんて大きなおせわだヨ!」とムカつきながら「仕事」を○でかこむと「ハァ、日曜日にお仕事ですか……」と中年のオヂサンが言った。60代の私だったらたちまち「日曜日に仕事してワルイですか?」とケンカを売ったと思うが、70才をこして円満なることを自ら誓ったのでプンとしたまま投票用紙をうけとって記入場所に急いだ。投票用紙を袋に入れて封をして、ヤレヤレと思ったらその袋に署名しろと言われて遂に「何故ですか? 正規の投票の時には署名などしないじゃないですか!」とかみついてしまった。オヂサンは「はア?」と驚いたが、もごもごと「不在者投票の規則になっていますので……。署名が袋にないと無効になってしまいます」と言ってゆずらない。無効になるのはイヤなので記入をすませて箱にいれて帰って来たが、何となくすっきりしない。
 それにしても日本の選挙はヘンだ。ある日、ある一部の人々が突然群をなして叫びわめき時には哀願してまわる。いつもの日本人のひっこみがちの態度が豹変し、昂奮したロック歌手が下手なロックをガンガンやっている感じになる。
 何人かの候補者が合同で政策討論会でも開いてくれれば私も喜んで出かけて行き、たのまれなくても質問三つ位ぶつけてみたいのだが実際にはいつの選挙でも、一方的に「私の命をかけて」とか「血を流して云々」とか、叫びまくる候補者ばかりだ。これでは選挙→うるさい→政治家→アホという図式がイヤでもみえてくる。
 たまたまTVをみていたら、全世界からワールドサッカーめざして集った若いサポーターたちに「国で選挙があったら投票にゆくか?」と聞いてまわった日本のTVリポーターがいた。返事は「そんなアタリマエの事を何故きく?」から始まって、投票の権利とは? 選挙とは? などとケンケンガクガクの演説もあって実に面白かったが、何の変哲もないサッカー好きの若者たちがいっぱしの意見を言うのがあまりにもフツーにみえて、衝撃的だった。日本人のサポーターへの同じ質問はされたのか否か、それさえわからなかったが、想像はつく。
 参院選の結果はフタをあけてみれば予想以上の投票率だったとマスコミも持ち上げているが、サッカーの視聴率に及ばない。いったい、政治というもの、投票というものを、どう考えているのか。 「投票したって何も変わらないから云々」と言う、日本人が選挙の度にいつも口癖のように言う一言は戦前から始まって戦後の現在に至るまでの日本の教育の、ものすごいブラックホール的結果だ、と痛感してやまない。
 その上、投票率が上がっても何も変わらないのでは、全く実もフタもない。


プロフィール
1925年福岡市に出生。3才で、日本領事館で通訳として勤務する父に連れられて旧ソ連領のウラヂオストック市に渡る。1936年、日本に帰国。戦後、1956年渡米。結婚し2児を連れて1965年帰国。以降、英語塾を開き、東京・大阪・九州で異文化対応と発音訓練を教えて現在に至る。