logo 私情つうしん 第17号 1998年8月発行
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前号よりつづく

私の名前達、あれこれ (2)

 自分なりに頭の中では決着をつけ、周りを説得したものの、復学初日の自己紹介で口をついて出た言葉は、「正式には<きむ・ちょんか>やけど、<ちか>って呼んで下さい」だった。その時、私の脳裏をかすめたものは、町中や駅のホームで「ちょんか!」と大声で呼ばれて、恥ずかしさで赤くなっている自分の姿だったのだ。頭に心がついてきていなかった、という感じだろうか。結果的に高校時代の私は、書類上は「きむ・ちょんか」、通称「ちか」だった。最後まで「金本さん」から抜け出せ(さ)ない人もいたが。そして案の定、周りの人達は混乱し、私の名前はその人の理解の仕方によって、様々に組み合わせられてしまった。「金・千佳(きむ・ちょんか)」だったり「金・千佳(きむ・ちか)」だったり、「金本・政子(かねもと・まさこ)」だったり「金本・千佳(かねもと・ちか)」だったりしたのだ。挙げ句の果てには「金・政子(きむ・ちょんじゃ)」という説まで出てくる始末だった。(付け加えておくと、日本では「金」は「きん」と呼ばれることが多く、医療機関などでは、私も何度もそう呼ばれてきた(いる)が、私はあくまでも「きむ」にはこだわっている。その理由は、単に「きん」という「響き」が嫌いだからに過ぎないのだが。ただ、「きむ」の名でクレジットカードを申し込んで、カードに「KIMU」と表示されてきた時には苦笑した。)
 そしてこのような大混乱を収拾すべく、大学入学で東京に居を移し、それまでの自分を知る人のいない環境に恵まれたのを機に、私は周りに自分を「ちょんか」と呼んでもらうようにした。恥ずかしいという気持ちはまだまだあったが、恥ずかしいと思う自分を戒めるべきだと考えて、一生懸命「ちょんか」と名乗っていた。そして5年、私の中には、もう恥ずかしさは微塵も残っていない。今では周りの人達は皆、私を「金・千佳(きむ・ちょんか)」としてアイデンティファイしている。

またもや改名:
「三度目の正直」なるか?

 初めてパスポートを手にして9年。私は再び名前を変える決心をした。私は大学院入学を機に、書類上の名前を一切「金・千佳(きむ・ちか)」と改めた。ついでに英語表記するときには、勝手にミドルネームまでつけて「ChikaC./KIM」とすることにした。「C.」はもちろん、「ChunKa」の「C.」である。
 改名の理由。それを一言で言うならば、「やっぱり根っこは<ちか>だった」からである。「オギャー」と生まれて、祖母達がつけてくれた名前は「千佳(ちか)」だったのである。(三つ子の魂百まで???)
 今回の改名の争点は、もっぱら「千佳」をどう読むかという点にあるが、とりあえず私の名前達の持つ意味を振り返ることで、今回の改名の意図を汲み取って頂けるだろう。
 私の名前は、(1)「千佳(ちか)」→(2)「金本・政子(かねもと・まさこ)」→(3)「金・千佳(きむ・ちょんか)」→(4)「金・千佳(きむ・ちか)」と変わって来たことになる。もし人が唯一無二の固有の名前を有するのだとすれば、私にとってのそれは(1)以外にはないと考えるに至っている。ではなぜ(2)〜(4)は固有の名前と考えないのか。
 まず、(2)〜(4)のどれも「姓」を有しているという時点で、変わり得るものだからだ。「姓」は家族単位のものであり所属性を示す。仲間意識を示すためのものであり、個人だけのものではない。デファクトとして、養子縁組や結婚によって、「姓」は戸籍上でもコロコロ変わる。韓国や中国では、結婚しても変わらないが、韓国人だって中国人だって、国際結婚すれば変わることもある。だからこそ私は(4)にさえも、「三度目の正直」と言い切らず、「なるか?」をつけておくのだ。こんな私だって、もし結婚できて夫婦別姓を選ばなければ、「○○・千佳(○○・ちか)」になるかもしれないじゃぁないか(^-^)?
 このような前提で、(2)と(3)を検討してみる。(2)の「金本・政子(かねもと・まさこ)」には、シリアスとお笑いが混在している。シリアスなのは「姓」の背景、お笑いなのは「名」の背景である。なぜ「金本(かねもと)」の背景がシリアスかというと、いわゆる日韓併合による「創氏改名」政策の名残りなのである。私の祖父は、現韓国にある古都慶州郊外(ド田舎)の一「金さん」だったが、ある時「金本さん」になった。戦後はもちろん、「金本さん」でいなければならない法的規定はなくなったが、多くの在日韓国・朝鮮人は、いまだに私でいう「金本さん」をやっている。
 ただ、私はこの「金本」の姓を、「恨みの対象」や「自覚のなさ」として捉えていた部分もあり、パスポート事件とも相まって、(3)の名前に移行していくことになる。しかし今では、この姓に対する強い意識は何もなく、「日本社会のための」姓ではあったなぁ、と微かに思う。
 今では弟も妹も「金」を名乗っており、家族5人の過半数を占める子供3人が皆「金」を名乗り、京都の家の表札も「金本」→「金」に変えようかという話が出たりする。しかし、母ただ一人は強い「金本」派である。韓国の民法に従えば、家族皆が「金さん」になっても、母だけは「宋さん」にはなれても「金さん」にはなれない。彼女に言わせれば、なんだか仲間外れにされたような気がしてしまうらしい。「金本」ならば、家族5人が皆、同じ「姓」を共有できるという訳だ。彼女の言い分に対するコメントは避けておく。
 「政子(まさこ)」のお笑いの背景は簡単。私が幼稚園に上がる時に、たまたま母が姓名判断をしてもらい、私の運勢で「金本」姓に「千佳」なんてくっつけたら、「とんでもなく気の強い、はちゃめちゃな子になってしまう」、と言われ焦った母が、「金本」姓にくっつけても「優しく上品で、頭の良い女の子らしい子」になる「名」を占い師さんにあてがってもらったのだ。戸籍(外国人登録)の名前はそう簡単には変えられないが、「金本」はあくまで「通名」であり、「通名」の変更はそれほど難しいものではないのである。そして私が「政子」の名にふさわしい子に育ったか否かは、16歳までの私を知る人達に聞けば、すぐに分かるこどだろう。ふっふっふっ..............^-^;

次号につづく


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