私情つうしん 第16号 1998年6月発行
我が家でもH騒動
大山さんが#11で書いているH騒動は私も経験した。ご覧の通り私の名字にも伸ばすOが入っている。私の場合はパスポートのヘボン式表記ではKORIとなる。しかしアメリカでの小学校1年生の時からKOHRIのつづりで来たので、なぜパスポートだけKORIなのか疑問だった。
それから何年かして、KOHRIとすべてH入りでサインしていた私の母も面倒だということで「非ヘボン式氏名表示など申出書」を申請してパスポートにはHの入った名前が( )で表記された。5冊目のパスポートを申請した時、今度は結婚して名前が変わって、名前にはたいへんな執着心のあるNora KOHRIは夫婦別姓を自分なりの方法で貫き通し、すべてが認められた。
日本名のつづりは自由?
その時、いったいいつから我が家ではKOHRIというHを含んだつづりが発祥したのかと母に聞いたところ、人生の大半を海外で過ごしているおじがそのつづりにしたと知ることができた。つまり名前のスペリングなんてだいたい読めればいいのだ。まだ英語で書かれた名前の方が読む相手に親切だと思う。日本の名前はフリガナなしでは凡人の私なぞとても読めたものではない。どうやって「愛」を「めぐみ」、「幸」を「みゆき」、「優」を「ゆたか」と読めるのか。親のエゴ、読む相手のことなど考えてもいない。なーるほどだからあれほど「フリガナ」とどこにでも書いてあるのだ。私は教養高き日本人が読むのになぜフリガナがなくては読めないのかとついこの間まで思っていた。
LISAはRISA
1989年、娘がシンガポールで生まれ、有沙(ありさ)という名前をつけた。これをパスポートに申請する時、またもめた。私は有沙という名前をAliciaと英語の名前で表記したかったが受理してくれなかった。さらにALISAと書いたらこれもだめだと言う。これ以上自分の意に反する有沙の名前は作れないぞと訴える。しかし日本大使館の受付の人はそれではパスポートは作れないと言う。作ってくれなきゃこっちは困るのだ。どうしてもARISAでしか受理しないと言う。その時私は生後2カ月の有沙を抱っこしていた。それ以上議論にかかずらわりたくなく、お役人に負けてしまった。「元気になるまで待ってろ、私の持つ名前への執着心はすごいパワーなんだぞ、思い知れ」と残念無念の気持ちでそこを去った。せめての抵抗と思い、パスポートの署名欄はなんでもいいと言うのではっきりAliciaとサインした。
それから5年、有沙のパスポートが切れていよいよ新しいパスポートへの切り替えに出向いた。元気を取り戻した私は再び名前への執着心を持ってチャレンジ。しかしまたもや負けてしまった。どうしてもAliciaは受け入れられなかった。
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