私情つうしん 第16号 1998年6月発行
在日コリアンのお便り交換
『私情つうしん』に寄せられたお便りを発端に、こんなやりとりがありました。
朴(PARK)と申します。
私が一番興味を持つのは、帰国子女のアイデンティティに関する問題です。というのは私が在日コリアンだからです。
在日もようやく、本国(北朝鮮、韓国)か日本か、といった二(三)者択一の議論から、「在日」の道を探るという議論がおおっぴらにできるようになりました。そのためには日本の国際化(あまり使いたくない言葉ですが)が進んできた、という事実が大きく作用しているように思います。
それでもなお、日本社会のなかで帰国子女の人も、在日も悩み、苦しんでいます。それは何故か。おかしいのは私たちではなく、あなたたち、日本社会の方なんだよ、ということを国籍上は日本人である帰国子女の人たちと共に訴え、その社会を変えていくことができればいいな、と思います。
李正美 (Jeong-Mi Lee)
私も日本で生まれ育った在日コリアン3世なので、朴さんの気持ちが痛いほどわかります。
特に日本は外国籍を持つ者にとって住みずらい国のひとつなのではないでしょうか。例えば、区役所に行って書類ひとつ頼むのにもやれ外国人登録証を持ってこいだの、指紋押せだの(今はもうやってませんが)面倒臭いですよね。私自身は帰国子女ではないのですが、アメリカの大学に通ってました。留学生として3年間過ごしましたが、外国人として生活するのに、特に煩わしい経験はしませんでした。書類を作ってもらうのにも、student ID を見せれば充分でした。まぁ、移民の国アメリカと(単一民族国家?の)日本と比べてはいけないのかなぁ、と思ったりもしてるのですが……。
金 千佳(きむ ちか)と申します。
私も、在日コリアンです。3世です。在日コリアンや帰国子女といった日本におけるマイノリティのアイデンティティ……ということは、自分自身の問題としても興味深いところです。
私は、在日コリアンが自分達だけのために「運動」することに限界があるだろう、ということをずっと考えてきました。「過去」にばかり遡及してしまう傾向を、どうやって修正すればいいのか、修正することは可能なのか、ということを考えます。
他の在日外国人と、「帰国子女」と、更にはあらゆるマイノリティ度を持つ人々と、ともに社会を変えていこうとする視座は、これからは必要不可欠だと思っています。
しかしその一方で、それぞれが抱える問題は細部では異なる部分も多い、というのも事実です。共通部分にばかり頼って異なる部分をなおざりにするのではなく、その異なる部分を直視することから、マイノリティ同志が手を携える可能性が生まれてくるような気がします。
全くマイノリティ度を持たない人というのは、随分減ってきたと思います。どこかにマイノリティ度を持っている人の方がマジョリティになってきている、とも言えないでしょうか。でもやはり、依然として「マジョリティ的なもの」はある。その「マジョリティ的なもの」というのが、朴さんのおっしゃる「あなたたち、日本社会」ということなのだと思うのですが、これって凄く曖昧で、形のない厄介なものですよね。「制度」ならば随分形を帯びてくるのですが、「文化」とか「習慣」とか「常識」とか……。そういうのって、凄く厄介。自分とは違ったマイノリティ度を持つ人と、異質性を認識しつつ共感し合うというのは、想像しているよりも難しいことのような気がしています。