私情つうしん 第15号 1998年4月発行
帰国子女の方々も特別扱いされているように感じましたが、障害児もそうなのではないかと思います。
by 大川喜巳
ENGLISH translation is here
11歳、小学校5年生の娘のことです。
娘は1歳になった頃からよく入退院を繰り返しました。医者とは縁が切れませんでしたがよく笑い、よく泣いて眠ってごく普通に成長しました。彼女が2歳になる時2人目の娘が生まれて、その時も妹に対して、やきもちをやいたりしていました・・・。
上の娘3歳、下の娘が1歳直前に、経済的な理由で2人を保育園に預け、私はパートに出る事になりました。数ヶ月たった頃、保母から「上の娘について、話がある」と言われました。
「同じ年齢のお子さんとちょっと違います」
??? 違って当たり前だと私はムッとしたように覚えています。ともかくそこから全てが始まりました。何度も保母から行動や態度の事を指摘され、「心理テストだけでも受けてみたらどうですか?」と持ち掛けられ、当時4歳だった娘を、個性が強いだけなのにと考えていた私は「それなら行けと言われる所へ行って、何でもないことを証明しよう」と児童相談所に出かけて行ったりもしました。
娘は暮らしている地域の普通の小学校に入学し、私は戸惑いながらも、市や県の施設に足を運び、教育、心理、医学的見地からの診断を受けました。娘が2年生になった頃ようやく「Learning Disabilities/学習障害」であると言われました。
当時のカウンセラーと私はとてもよい関係を保て、娘も担当の先生と楽しそうに訓練をしていました。
しかし、学校では友達はおろか、教師でさえ「LD」を理解してもらえないので、訓練には嬉々として向かうのに、学校には行きたがらず、体調不調を訴えるようになってきました。娘が3年生になる時、妹が入学したのでずいぶんそれが支えとなり、「姉」、「上級生」という自覚につながり、ぐんと変わりました。理解のある担任に恵まれ、娘もずいぶん成長し落ち着いてきました。
高学年となり、中学校という少し先の事に私が目をむけるようになって、しばらく間があいていたので5年生になる時にLD児童を大勢見ているクリニックを受診しました。
すると今度は診断結果が「LD」ではないと言われました。簡単に言ってしまうと、IQが10位低いので、知的障害児の範囲なのだと言われたのでした。正直なところ、ショックはありましたが、それ以上に「だから何だ」というのが実感でした。
医師によると「いずれ社会に出る。自立させるという事に視点をおいて今から少しづつ訓練するといいでしょう」との事でした。
現在通っている小学校で、学習面ではお客さんになっており特になにもフォローはない状況です。どーんと遅れているので31人の中の1人であっても、担任1人では娘1人の為に関わる余裕はないようです。
娘もこの5年間で娘なりに授業の流し方を身に付けていてひとりで色々想像したり、瞑想したり、開き直って寝てしまったりという状況です。自分の好きな教科や部活は進んで受けています。
人とのコミュニケーションがうまく取れないため、摩擦が大きく友達が少ない娘。だけど小さな子どもとはとても仲良しになれてしまう娘。お年寄りによく可愛がられる娘。誰にでも挨拶できる人懐っこい娘。
「ここをこうしてください」とか「こうお願いします」等担任に具体的に頼んではみたものの、「果たして娘に必要な事って何だろう?」という悩みにぶち当たっています。
中学校になるまで後1年と数ヶ月となり、小学校は黙っていてもこのまま過ぎて行くのでしょうけど、中学校になったら、もっと難しくなる事でしょう。学習だけではなく、思春期になって、人間関係も・・・・。
今公的機関に相談に行くと「普通学級ですか? 特殊学級ですか?」という話になってしまいます。両方に良さも悪さもあって何とも折り合いがつきません。フリースクールも遠くにありますが、こちらの地域では地元の学校に籍を置いてフリースクールに通うと欠席扱いになると聞きました。また、フリースクールは費用が大変かかります。
どこに行けば娘のことを認めてくれて、特別扱いされないのでしょうか。
共感できる話として私は『私情つうしん』を読んできました。「帰国子女」という言葉を「障害児者」と入れ替えて「そうそう」とか「なるほど」とうなずいたのは私だけでしょうか。
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