私情つうしん 第14号 1998年2月発行
応援席
私情つうしん へのメッセージ
by 中島史枝
by 山原芳樹
by 松島あおい
by キャズ・カワゾエ
by 大嶋Vanessa
by Suzette ELGIN
by 津田さやか
graphics courtesy of Ms. K. Sato
あなたも『私情つうしん』にメッセージをお寄せください。
はじめまして、私はアメリカに住む女性です。帰国子女の問題は、自分だけでなく最近生まれた長女にも関係する事なので、興味を持ってこのホームページを読ませて頂きました。わたしは10代の頃、親の転勤でこちらに移り、その後自ら帰国子女になるのを放棄し、ここに住み着くようになりました。以前から、日本国内での生活を「何か違う」と感じていたのは確かです。若い時にチャンスがあって、別の世界を覗き見る事が出来たと言うのは、本当にラッキーでした。加えて成人する際、「帰国子女」と言われるカテゴリーに入らず、自分で選んで「日系人」になろう、と選べたのはもっとラッキーだったとも思います。日本国内では未だに有形無形を問わず、まず「日本人である事」を強制する力が強い様に見受けられます。以前にはその強制力に素直に(そう素直でも無い時もあったけど)従えていたのに、今では抵抗があるのです。これは皆たいてい経験があると思います。私自身「帰国子女」と言う言葉自体に、抵抗があった訳ではないのです。只、そういって私が紹介されたりした際に、周りからおこる透明な雰囲気が、嫌いだったのだと思います。その言葉を発する前と後と、私自身はまったく変わっていないのに、何故こんなに人々の顔つき目つきが変化してしまうのか…。それはもしかして、誰も何も変わっていなかったのかもしれません、只私の勝手な思い込みなだけで。今はもう「帰国子女」と言うには一寸年を取ってしまいましたし、どちらかと言うと、「海外生活者」と言われる方が多いのですけど。これから何年か後に、長女が同じ疑問に悩むかもしれません。その時に何と言って相談に乗ったらいいのか、今から少しづつ考えたいと思います。最終的に娘が、日本人の血を引いていると言う事に、誇りと自信を持って生きてくれれば、「日本人」を放棄しても構わないと思っています。何だか色々と書いてしまいました。今後もたびたび覗かせて頂きます。それでは又。
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お手紙は編集部にも送られます
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鹿児島大学の教育学部に1997年4月より発足した国際理解教育学科に勤務しています。偏見や差別の壁を取り払いながら、国際交流・国際親善に貢献できる人材が育っていってくれることを願っています。「国際教育の世界および日本における位置づけ」「価値基準と文化摩擦」「情報の伝達と認識」「タブーと世界観」「日常生活の中に存在する差別」「外国人から見た日本社会」「国際教育のトレーニングと事例紹介」などのテーマを中心に、新しい学科のあり方を学生さんと一緒に考えていきたいと思っています。
今の所1年生しかいませんが、異なる地方や立場の人々、色々な国の方々と直接コンタクトを取りながら、「現場での自分の体験」を通して各人の考え方を形成していけるよう、出来るだけ環境を整えていきたいと努力しております。
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#13は、面白く読ませていただきました。今までは、自分と『私情つうしん』との関係がなんとなくしっくりきてなかった。やっぱり私は所詮帰国子女じゃないしねえ、とか思ったりしてた。今回は、やっぱり帰国子女のコメントなんだけど、「こういう事があったとき、こんな反応されて驚いた」と、具体的な内容が多かったのが面白いのかな。やっぱり私は、「日本に帰ってきた時の居心地の悪さ」は、自分が感じていた居心地の悪さと通じるんだけれど、具体的に何があったのか? は想像の世界なんだよね。私自身も、どちらかというと居心地悪くさせてた側であった可能性もあるしね。だって、私は英語得意生徒だったのに、帰国子女は私の王座を奪ってしまう存在だったからね。ただ、私は今はそういった居心地の悪さは、自分が書きたいテーマのヒントとなるような気がして、それが何だったのかを具体的に知りたいと思っているんだと思う。だから、今回みたいに細かい描写があると、とても面白い。
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