私情つうしん 第14号 1998年2月発行

standard english?

by 杉本守宏


 さて、英語の発音というものは日本人にとって、聞くのも話すのも難しいものです。マッカーサー大佐を英語でいうとき、“じぇねらる・まっかーさー”というより、“じゃのめがーさー(蛇の目傘)”といった方が判ってもらえる確率が高いとか。
 現在、日本の学校で教えられている英語はアメリカ英語の様ですが、先生の発音はどうもアメリカ英語の発音とはほど遠く、従って生徒も“正しい”発音の習得は難しいようです。
 疑問に思うのは、アメリカ英語の発音というのは、そもそもどこのエリアの発音を基準にしているのでしょうか? アメリカ人の友人の意見では、「カリフォルニア州」ということです。「ニューヨークの方が大きいけど(街という単位で、という意味だと思う)あいつらのはニューヨーク訛りだからなあ。」
 もし日本人が、アメリカ英語を南部訛りやニューヨーク訛りで完璧に喋ったとしたら、日本ではどういう評価を受けるのでしょう? それは間違いということになるのでしょうか? 大阪弁や秋田弁をペラペラ喋る外国人を見たことがありますが、それはそれでスゴイと思います。
 今、英語は世界共通語になりつつあります。
 インドでは英語は公用語のひとつですし、僕が今まで旅行中に逢った人(ヨーロッパ人、アジア人他)の殆どは英語が喋れましたし、カナダの奥の方に住んでいた原住民を訪ねたとき、みんな英語を喋っていたり(これは例外か?)と、世界の多くの人々が英語を片言なりとも使えるように思います。
 そして、その中の多くの人の発音は何らかのアクセントがあり、それに慣れるまでに多少の時間を要します。そして一度慣れてしまえば殆ど問題なく会話ができます。

 発音の重要性の低さについて例を挙げてみましょう。
 インドでは西洋の物理学者とインドの哲学者が、宇宙の真理を突き止めるために学問の壁を越え論議をしています。話している内容は、天体物理学の最先端の理論から哲学の難解な理論に至るまで様々ですが、インド人学者の発音はアメリカ英語のそれとはほど遠いものです。しかし彼らはとてもとてもムズカシイ議論を英語で何時間も続けることができるのです。
 アメリカ人の友人とビートルズの映画を見ていたとき、僕は彼らのひどいリヴァプール訛りのため、話の内容の半分ほどしか理解できませんでした。
 映画の後で友人にストーリーを聞くと、「訛りがひどくてさあ、半分しか判らなかったよ。」(この場合、むしろ発音の重要性は高いのかもしれない)しかしビートルズは世界が誇るスターです。
 日本語訛りの英語など、個性、愛嬌で通ってしまうのではないでしょうか? 僕はカナダに居たとき、現地人から「日本人なのにアメリカ訛りの英語を喋るね」とからかわれたことがありますが、文法や単語など知らないことは多く、発音の上手さよりむしろ知識の方が大切だと思い、今一生懸命勉強し直しています。
 僕は退屈で冷たい感じのする日本語の標準語が嫌いで、むしろ大阪弁や東北弁に暖かみ、人間味を感じます。英語も、つまらぬ“標準英語”よりスノビッシュな英国英語や、セクシーなフランス訛りの英語の方が好きです(ハスキー声の若い女性に限る(笑))
 日本語だって訛りがひどければ理解不能な言語になってしまうし、いえばキリがありません。英語の発音なんかもうどうでもいいじゃないですか。あはは。



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