私情つうしん 第13号 1997年11月発行

応援席


私情つうしん へのメッセージ

flower by 佐々木朋子
by 飯田健司
by 中村茂奈子
by 野中一貴
by 東瀬 朗
by 清水祐希
by 中里雅子

graphics courtesy of Ms. K. Sato


あなたも『私情つうしん』にメッセージをお寄せください。

佐々木朋子

「私情つうしん」を一通り読ませて頂きました!!
 私の感想はただ一言感激です。なんでこんな最高の環境がインターネット上にあって今まで見つけ出す事が出来なかったの、と自責の念にかられています。
 ところで幼少期と思春期にわたる外国(主に南米)での生活とその前後の日本での生活を通して、私もいわゆる「帰国子女」というレッテルの様な物を背負って毎日を生活しています。しかし、小学生時代だけを日本で過ごした私がこの「帰国子女」という言葉を自分自身でも意識するようになったのは日本の大学に戻った時でした。それまでの自分は、外国にいても「日本」という国が大好きで自分は「日本人」であると信じきっていました。それが、自然の事だったからです。もちろん、一般的に日本人の美徳とする義理と人情とか誠実さ勤勉さが私は大好きでした。しかし、そんな私が日本の大学ではじめて日本だけで生活をしてきた人々大勢に囲まれての生活が始まり自分の抱いていた「日本」や「日本人像」が大きく現実と違う事にきづいた時、本当に大きなジレンマと壁にぶち当たりました。言い換えれば、その辺りから、一体自分はどこの国に属するのか、どこの国を本当に愛しているのかといわゆるアイデンティティーを模索し始めていたんだと思います。しかし、その頃の私は今以上に未熟でそのアイデンティティーを国単位で形作ってしまい、どこかに自分をおさめたいという気持ちでいっぱいでした。だからこそ、余計に自分は何人なんだという自問自答を繰り返してしまったんだと思います。言い換えれば生きていく上で指針となる価値観を人種単位で形作っていたんだと思います。「日本人だったらこう有るべき」といったように……。
 そんな中、一言では言えないほど様々な事に対して自問自答が続き、助言をしてくれた友人や家族の言葉に耳を傾けやっと自分自身の本当の価値観を見出し始めたのはごく最近のことです。価値観とかアイデンティティーを「何人だからこうなんだ」と考えずに「私はこうなんだ、こうやって生きるんだ」と考えるようになってからやっと自分を、また新たに素直に見つめられるようになりました。それでも、やっぱり、「義理と人情」が私は好きなんですが……。
 何だか長くなってしまいましたが、こんな感じで学生時代を送っている私が同じ帰国子女として様々な事を感じて生きている多くの方の姿を直接見る事の出来るこの「私情つうしん」にこれからも、何らかの形で参加させて頂きたいと思っていますので、宜しくお願いいたします。

それでは、また、ご連絡します。
chao!

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飯田健司

はじめてお便りします。
「帰国子女」。この言葉に対する批判や疑問、賛同できる意見がこんなに聞けるとは思いもしませんでした。実は私もそう呼ばれた一人です。米国で生まれ、幼少時代日米を行き来し、10歳のときに来日。以来20年間「帰国子女」と呼ばれるのにうんざりし、日本国籍を離脱。今度は「外人」と呼ばれるようになりました。
 私は現在まで同じように海外での生活経験のある人と出会ったことがありませんでした。何万人といるはずの通称「帰国子女」達はいったいどこへ行ったのかと思いきや、こんなところにいたのですね。同じ苦労をしてきた人たちの意見は言葉以上に伝わるものがあります。これからは心強い味方として『私情つうしん』を楽しみに読んでいこうと思います。

(神奈川県中郡大磯町在住)

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