私情つうしん 第12号 1997年8月発行

#11の緒方さやかさんの手紙には、心に疼くものを感じました。異文化接触の現場に長年関わっていますと、八方塞がりの悩みや焦り、自信喪失の類の相談が多いのですが、緒方さんの「悩み」には清らかでストレートな明るさが溢れていたからです。真っ向からの勝負には、正面で受けて立つのが誠実というもの(これが日本男児の美学?)。正直にお応えします。
日本の大学を質的に変化させた最大の要因は、学生が勉強しなくなったことにあります。将来の糧になる知的訓練を自らに課すことを忘れた学生が、何と多いことでしょうか。大学は何かをしてくれる所ではなくて、学生が自らの意志で勉強する空間なのです。アメリカの大学ではコースを選択した時点から訓練の目標とメニューが課されますが、日本の大学では自分で自分を厳しく律するしかない。まるで武道や茶道の修練に似ています。
今の高校生に是非やって欲しいことは、自分に適した教師(または教授陣)を探すことです。自分の勉強したい領域に通じた、しかも学生を真摯に導いてくれる先生を本気で探して、その先生のいる大学を選んで欲しい。高校生にそれを要求するのは酷かもしれないけど、自分のことは自分で決める責任感を持つべきです。「入れる大学」(=偏差値や合格確率)で大学を選ぶべきではありません。
そして、入学してすぐに、その先生に徹底的に食い下がってみます(1年生からですよ)。友達や先輩からは批判的な目で見られるかもしれませんが、実際の所、大学の教師というものは、そういう学生(食いついてくる学生)を心待ちにしているのです。
もちろん「全く期待外れだった」ということもあるでしょう。その時はその時。「合わなかったのは互いの不幸」と諦め、他を探せばいいのです。今の日本の大学は、3年生からの転学(大学を移る)・転部(学部を移る)に随分寛容になっていますし、他の大学の教師の指導を受けながら卒業するという裏ワザもあります。最近、大学間で単位互換をする例も増えています。
要は「勉強するのは自分」という緊張感を卒業まで持続できるかどうかです。その自信がなければ、アメリカの大学を選んだ方がいいです。しかし、緒方さんのようにポジティヴに問題を捉えることのできる人なら大丈夫。何も大学だけが勉強する場所ではないわけですし、いくらでも仕切り直しは可能です。その点は、海外育ちの人はタフですからね。
あなたも日本の大学で先生を探してみませんか?
(97年3月にマレイシアから帰国。現在、“自由の身”)