私情つうしん 第11号 1997年6月発行
もっと帰国子女のできること
by 緒方さやか
今私はニューヨークに住んでいます。小さい頃もいたので、いわゆる二度目の帰国子女となりつつあります。今大学をどちらに進学するか大変悩んでいて、『私情つうしん』の一語一句にも心がぐらぐらと揺れているのです。私はアメリカから帰国した後日本に7年間いたのですが、その間に運良く真の友達と思える人々に出会えました。そしてふと気が付いてみると、そのほとんどが帰国子女だったのです。
よく思うのですが、海外にいると日本にいる日本人よりも日本的になりませんか? この「日本的」というのは、皆でそろって制服のスカートを短くするような「日本的」ではなくて、日本語という言語やその文化に興味を持ち始めることを指しています。日本という国、日本人という人々は、本当に見れば見る程何て面白いのだろうとわくわくしませんか? 非常に変わっていて、弱くて、強くて、世界的に見て全く珍しい国ですよね。私は日本で、「変な」日本人でした。「ずれてる」日本人だったし、今もそうでしょう。でも私は日本人であることがとても嬉しくて誇らしいのです。確かに日本の嫌な所、日本的いやらしさも、たくさん見てきて知っているつもりです。そしてそれを認識する人々が増えている今、逆に日本は自己嫌悪におちいっているのではないかと思います。そして海外へ目を向けている。留学者、遊学者が急増している。確かに「国際化」はいいことでしょうが、その大部分は自己嫌悪から来る、ほかにあこがれる気持ちの表れに過ぎないのではないでしょうか。だとしたら将来日本人は国際化と称してちりぢりに散ってしまうのではないですか? それは「逃避」ではないですか?
こういう風に考える時、私は日本に踏みとどまりたくなるのです。海外でうまくやって溶け込んだ海外子女の中には、日本に嫌悪感を抱いたり、時には軽蔑したりする人も多いように思えます。逆に日本人の多い所では日本人のみのコミュニティーを作りその許す範囲で海外と交わっている人々もいます。海外に行って苦労しない人はいません。しかし同じ苦労をするならばそれを役に立ててみたいものです。日本の嫌な所を挙げるだけでなく、受験に有利になったりするだけでなく、もっと帰国子女のできることがあると思うのです。私はアメリカの大学に行って日本人を理解できなくなることが怖いです。大好きな日本の本について語り合うことも、詩を発表する場所もないでしょう。私がそうしたことをできた相手は一人二人を除いて全員が帰国子女でした。海外滞在によって深められた日本らしさを分かち合うことができました。だから日本に戻りたいのです。しかし日本の大学はもうだめだとも言われます。
それは本当でしょうか? ちゃんと勉強できますか? 人間が育ちますか? 将来「大きなこと」ができるような可能性を拓くことが。日本の大学でもできますか?
どうか、意見や助言などがありましたら、返事をください。私のe-mail、YukoOgata@msn.comは残念ながら日本語はだめなので、英語かローマ字、または『私情つうしん』誌上でお願いします。
同じような考えの人がいましたら、ぜひ一緒にやりましょう。
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