私情つうしん 第11号 1997年6月発行

忘れようにも忘れられない
海外で受けた差別

by Nora KOHRI

前号より続く


大人になってから受けた差別

 オーストラリアに旅行したときには浮浪者風の男性に"Jap, go home"ということばをあびせられた。夫も同伴だった。もう大人だった。それでもrespectされていない人種なんだということを感じた。
 東南アジアでは日本人は金持ちという概念が通っていたため、むしろ待遇がよかったといえよう。しっかりとJapanese priceも請求されたし、Souvenier shop exclusively for the Japanese touristというところにも通された。これも差別だろう。
 しかし全体的に小さな差別にはこだわらなくなった。傷つかなくなっていた。差別されれば、即立ち向かって、克服した。相手も私の気合いを感じたのだろうか、あまり大人になってからは露骨な差別は受けなかった。

Native Englishで差別からカモフラージュ

 カナダは長かった。カナダ人としての習慣も身に付いた。ことばは問題なかった。そのためよくJapanese-Canadianつまり、3世かと間違えられた。もちろん十分に3世で通せたので、そうかと聞かれれば、どうでもいいときは"Yes"と適当に答えていた。その方がやはり色々な面で有利だったこと間違いなし。しかしうそには限界があるので相手を選んで言っていた。まるで私はうそつきのように誤解されると困るので言い訳をすると、つまり差別を受けないための忍術だったと受けとめてほしい。
 さらに自分のカメレオン人生は続いた。大人になってからシンガポールで暮らした。タクシーにのると最初の2、3年は必ずといってよいほど"You, Japanese?"と聞かれた。観光で訪れている多くの日本人観光客といっしょにされたくなかった。質問は決まっていたからだ。答えるのが面倒だった。また旅行者と思われると必ず遠回りをしてぼられた。しかしそれ以上に日本人がシンガポール人に犯した罪を自分がscape goatとしてかぶるのを恐れていた。とにかく密室での出来事になるからこわかった。シンガポールはまだまだ反日感情が強い。それに対して白人は現地の人から一段上に見られていた。
 そのため、タクシーの運転手の質問には"No, I'm an American"と答えていた。すると向こうは興味を持ち始め、"You, Chinese-American?"と聞くので"Yes"と答えた。それからが大変、中国語は話すか、親戚がシンガポールにいるのかなど、目的地になかなか着かないと、会話はさらに発展し、うそをつかなくてはならない。けれど私の英語の発音を聞いて、疑いもしなかった。
 さらに年数を重ねるにつれ、私はシングリッシュを自然と身に付けた。そのときはもうタクシーの運転手も私をシンガポーリアンとして疑わなかった。日本人かという質問もしなくなった。

 アメリカに行っても差別を受けないために自分をカモフラージュする技術を身に付けた。その土地特有の話し方をいち早く身に付けて話すのだ。するとどうだろう。まずは中国人と見てキッチンに近いひどい席に回そうとする、そこで私がはっきりと"I pre-fer the table near the window"と言うと、相手はギョッと驚いて接し方を変えるのである。
 また夫が下手なジャパニーズイングリッシュでホテルの予約をしたときにはひどい部屋にあたる。だが、顔が見えない電話で私が予約を入れるとアメリカ人と同じよい部屋があてがわれた。そのため夫はいつも私に電話をさせた。
 日本ではさんざんめちゃくちゃに言われる「自己主張イコールネガティブ」も海外ではこちらのもの。夫は「たのむよ、ノーラ言ってくれよ」と小さくなる。夫婦の立場が逆転する海外旅行は楽しいものだ。
 つまり私の口が開けば差別が消えた。自己主張もさることながら、やはり現地の人と同じように発音し、独特なイントネーションや言い回しを身に付ければかなりの差別は克服できる。

日本人は差別に対する意識が低い

「外国人の入居お断り」
「外国人登録に指紋押印」
「クレジットカードの発行の際外国人に対しては微にいり、細にいり調査をする」
「外国人は雇わない」
「男子のみ募集」
「女性社員募集中」
「年齢30才までの方募集」
「子ども不可」(入居に対して)
「今年は女性は採用しません」
「お子さんがいるんですか」
「ご主人が許しているんですか」
「独り暮らしね〜」

日本人の欧米コンプレックスに頭に来る

「欧米人のモデルを使う」
「日本の会社概要の受付モデルの写真に欧米人」
「国際的な会社を印象づけさせるのに白人をいれる」
 いつまでたってもコマーシャルで「外人」しかも白人が現れる。つまり毎日見るテレビからして日本人の脳裏に欧米コンプレックスを日々植え付けているのだ。赤ちゃんから年寄りまでに。
 音楽の世界や映画の世界でなんで海外で収録したことが価値あることになるの。日本のスタジオの技術の方が進んでいるんじゃないの。日本人スタッフと話したほうがコミュニケーションがスムーズにいくんじゃないの。
 英会話学校ではネイティブをほしがる。ネイティブといっても日系アメリカ人ですらだめ。つまり顔が「外人」「白人」でなくては採用しないのだ。10年の英会話教師歴をもつアメリカからの帰国子女より英会話教師の経験すらない「外人」を採用するのだ。ハーフでも日本人っぽい顔に生まれてしまったらポシャン。運よく雇われても親の金で習いに来ている何も反発しない中学生を生徒として与えられる。
 日本は自らの国民に自信がないのか。なぜ「外人」をいれれば商品が売れると思うのか。
 日本人は「白人」の赤ちゃんを見るとどの赤ちゃんもすごくかわいいと思うが、アメリカ人の目に日本人の赤ちゃんをすごくかわいく写っているのを知っているか。アメリカ人の赤ちゃんはどの子もつるっぱげで赤ちゃんらしくないと彼らは言う。

 これらの欧米人コンプレックスが実は彼らの行なう差別を助長しているのではないかと思う。


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