私情つうしん 第11号 1997年6月発行

ペキンスカヤの中庭で  (9)

by 中津燎子

連載の前の回

 前号で歌手のAさんに英語の発音を教えていると言うことと、彼女のコンサートをききに行ってすっかり考えこんでしまったことを書いた。何を、何故、考えこんでしまったのか? それをここで書くつもりなのだが、どうもなかなかまとまらない。
 しようがないから、私のアタマや心の中で何がおこったのか、正直に書きならべてみることにする。先づ最初にAさんの見事な声と歌のうまさに感動してしまった。ジャズと言うより、万人に愛された心やさしいバラードが多く歌われ、会場の聴衆も私も共にそのすばらしい歌に陶酔した。三十何年か前のアメリカで朝夕耳にしていたバラードは、私にその頃の日々の暮らしを思い出させ、そして今にもシカゴの地下鉄のひびきがきこえて来そうな感じさえした。
 しかし、暫くたつと、私の体のどこかでかすかな迷いが生まれ、それは疑念となって固まりはじめた。流れて来る歌声はすばらしく、英語の発音もいい。日本人歌手の英語の歌としては文句なしに「スゴイ!」と言える。だが、どこかがちがう。
 ある時歌手の加藤登紀子さんが私に言った。「西洋の音楽はきざみのリズムだけど、日本の音楽はゆれて流れるのよ」。たしかにそのちがいは言葉にもある。日・英語でスピーチの訓練をする時、双方の言語のリズムの根本的なちがいはきざみとうねりなのだ。
 Aさんの英語の歌がリズムから外れていると言うのではなく、ちゃんとリズムにのっているのだが、そののり方が、きざむと言うよりゆれてうねって流れている。西洋のきざみのリズムに片栗粉でとろみをつけてゆさぶるとこう言ううねりになるだろう。
 Aさんの歌声は声のよさ、表現力、そして心的エネルギーが合わさってモノスゴイ輝きのうねりだった。だが、私の耳はJohnny Guitarと言う歌をきくとブーツをはいてテンガロンハットをかぶったJohnnyがしぶい単衣に角帯しめて、ギターをつまびいているような所がちらちらひっかかってしまう。どうもきき手の私の側に問題があるのではないか? 考えこんでいるうちにふと、「日本と言う国がそうなんだ!」と気がついた。明治以来、日本は近代化をまっしぐらに進めて来たわけで殊に戦後の50年は激変した。結果として今や、世界の誰がみても日本は近代化、西洋化されその上アメリカ化と言うクリームがこってりかけられたケーキみたいになってしまった。しかしケーキをきりわけると中央部分は昔ながらの小豆あんこでしっかり固まっているのではないか。木村屋のアンパンだって昔からパンの中にあんこが入っていて独特の味で人気がある。
 日本人が歌う英語の歌は、ほとんどリズムにとろみがついて、あんこ風味のねばりがあるのだろう。このとろりとしたねばりを西洋風のきざみリズムに変えるには、発声と呼吸法を変えるしかないと思うが、私は次第にとろみはとろみでいいじゃないの? と言う気になって来た。いつか、とろりとろりとそれなりのリズムをきざみはじめるかもしれない。こう言う形で、日本国とAさんも含めて多くの日本人が今、異種文化融合の真っ最中なのだろう。70才の帰国化石の私には、とろとろリズムのギターや、A列車でとろりと行こうなんてことは考えられないが、近い将来、どうなるかわかんないよ?! グハハ。


プロフィール
1925年福岡市に出生。3才で、日本領事館で通訳として勤務する父に連れられて旧ソ連領のウラヂオストック市に渡る。1936年、日本に帰国。戦後、1956年渡米。結婚し2児を連れて1965年帰国。以降、英語塾を開き、東京・大阪・九州で異文化対応と発音訓練を教えて現在に至る。