私情つうしん 第11号 1997年6月発行

清濁併せ呑むなんてできない

by 小泉由美


 私は昨年の12月まで約7年近く第一勧業銀行に勤務し、現在はオランダのビジネスコンサルティング会社に勤めています。7年も勤めた後で言うのはなんですが、今ようやくstrait jacketを脱いで、本来の自分になれたと晴れ晴れした思いでいます。
 銀行には、日本の会社に勤めたかったのと、経済活動の調整役として様々な業界と関わりがある点に惹かれて入社しました。支店勤務の後に、個人向けの商品・サービス・キャンペーン企画の部署に移動になり、仕事としてはとてもおもしろいことをしていました。それでも、いつも非常に重苦しいべっとりまとわりつくようなものを感じており、最終的に転職を決意するにいたりました。
 いろいろな人の話からすると、銀行は企業の中でも最も保守的で規律が厳しく、unwritten rulesもたくさんある所のようです。たとえば、半袖を着ていい時期はどんな猛暑であろうと、個人の体感温度が何であろうと、7月1日から8月31日までと決まっています。私が6月のうちから半袖を着ていると、嫌みを言われたものです。でも、こうしたことに疑問を抱く人はごく少ないようで、要するに疑問を抱かずに体制に乗れる人でないと、精神的についていけないようになっているのでした。
 現在、世間を騒がせている第一勧銀の総会屋事件も、起こるべくして起きたとしか言いようがありません。私が銀行で最も嫌だと思っていた「清濁併せ呑む」という概念が、今回の事件の元であるからです。「清濁併せ呑む」ことは、私の周りでは日常茶飯事でした。たとえば、何かの企画を行う場合、たとえその出来が6割であってもむりやり実行してしまいます。理由は、役員に言われたから。他行がやっているから。9割の出来になるまで待っていたら、タイミングを逸してしまうから。結局、とりあえず自分の代は大過なく過ごそうとするあまりに、その場しのぎの施策が氾濫してしまうのでした。自分も、そういう状況を阻止しきれないことも多々あったので、改めて反省しています。
 また、人材活用も硬直的で、総合職は部署にもよりますが相変わらず滅私奉公よろしく長時間勤務を余儀なくされ、一般職は何年たってもお茶くみやコピー取りから解放されません。特に女性は総合職であろうと一般職であろうと、閉塞感を強く感じている人が多く見受けられ、「早くやめたい」というセリフが蔓延しています。私は、自分がそういう状況を少しでも改善できるような地位になるまで頑張れたらという気持ちもありましたが、朝から晩まで働き詰めの状態ではそんな余力もなく、自ら脱出してしまいました。
 新しい会社はとても小さく、社長が柔軟な考えのため、私が銀行で感じた束縛感はすべて解決され、今はとても快適でハッピーな毎日を過ごしています。
 敷かれたレールの上を走ることで満足している人を、とやかくは言いません。でも、私のような違和感を感じたときに、他のオプションを簡単に取り得るような社会だったら、もっと楽に生きていけると思います。銀行のように巨大で老成した組織を変えようとするのは難しいけれど、少なくとも、これから私が関わっていく周りでは、様々な価値観が共存するような世界を作っていけたらと思います。

 同じような考えの人がいましたら、ぜひ一緒にやりましょう。