わたし、日本の中学校にも3〜4カ月しか通ったことがありませんし、日本の高校には1日も通ったことがないのですが、最近、日本生まれの日本育ちで、とっても常識的な日本人に見られがちなのです。これはわたしが会社の同僚に変ジャパと思われたくないばかりに、長年思わず努力してしまった結果なのか、のびのびとした「元帰国子女」の良さが無くなってしまったということなのか。でももうこだわっても仕方がないので、「昔は帰国子女だった」と過去形で考えることにしました。
それに最近の若い人って、格好だけ見ているとどこの国の人間だかわかんないようなファッションだし、帰国子女よりよっぽど自己主張が強かったりするでしょう? それも妙に。わたし就職の相談で、よく学生さんの模擬面接官をしているんですけど、帰国子女のほうが、帰国子女っぽくないことの方が多いような気がするんです。だから帰国子女の証明って語学ができるということもあるけど、世の中を知っているから、むしろその辺の変に安っぽい自己主張ばっかり(みんなまゆ細くて、ブーツはいてて、結局個性も同じなんですけど)の子供達より「まとも」であること、これくらいしか判別する方法はないのかも。
落ちこぼれたり、受験に失敗して専門学校か何かにいった人のほうが、キコクで親の期待通りに東大とか慶応とかにはいった人よりよっぽど自由で、よい意味で奔放だという気がします。帰国子女のおうちは結構、お金があったりするので、みんなおぼっちゃまおじょーちゃまだったりして、たくましさがない場合も多いでしょ? とはいっても、すでに帰国おばとなった私ですから最近のキコクのことはよくわかりませんが。そもそもわたしの場合は親の付属物として日本に18才で帰国してからもう18年もたっているわけで、いい歳した大人が「帰国子女」にこだわっているのは単なるノスタルジアではないのかな。自分はパンピーとはお育ちが違うんだってこと見せたいだけの。もうみんな中年なのだから、単なる性格や個性であって、「帰国子女」っていう要素はもうあまり重要ではないのかもしれませんよ。
ただね、自分の子供は日本育ちにはしたくないなぁというのが本音です。日本ってやっぱりびょーきだもん。24時間闘ってるような自分の働き方も含めて。異常です。もっとのんびりのびのびと、どこかの国で自分らしく暮らせるような環境においてやりたいなぁと、子供もいないのに思ったりしています。
やっぱり屈折しているところが、元帰国子女、らしいのでしょうか。
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初めてお便りさせていただきます。私は過去に13年間アメリカ,カナダに住み現在は大阪に居るものです。ブラウジングをしてたら偶然『私情つうしん』のホームページをみつけました。みなさんの投稿などをおもしろく読ませていただいております。帰国してかれこれ13年になりますが兄弟で話すときは未だに英語です。よく驚かれますがこれだけは変えようとも思いません。
中学校までアメリカにおり、その後、高校・大学は日本(ただし大学在学中に1年間交換留学でニューヨークへ)。就職は住友銀行。昨年まで4年半勤務した後、学生時代に勤めた英会話講師派遣学校へ舞い戻り現在はマネージャー及びコーデイネーターとして頑張っております。
何か私にもお手伝い出来そうなことがありましたらご連絡下さい。Keep up the good work!
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初めてお目にかかります。私自身は帰国子女ではないのですが、米国の大学に留学していて、今年の1月に卒業して日本へ帰って来ました。それに私は在日韓国人三世で、会社では日本名(通称名)を使っています。こんな私ですが、『私情つうしん』の仲間に加えてください。日本文化を客観的に見るのって、なかなか愉快な事だと思いませんか。
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I am 13 years old. When I was 3 years old I went to England and I was there for 8 years. I moved back to Japan for a year, and now I am in America. I heard about "Shijo-Tsushin" just yesterday and I tried accessing it today. Shijo Tsushin is a great idea and would very much like to get involved. I would also like to send you my views about kikoshijos etc.
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#8をさっと読んだだけでの感想ですが。私は日本で大学を卒業して、社会人になってから3年ほどで留学のチャンスを得て、1961年、まだ渡航が自由でない頃、約2年半を米国北東部ですごした経験があります。
私の場合は皆さんの場合とは正反対で、異文化の中で見るもの聞くものを貪欲に吸収して、20台後半には、日本文化と西欧文化との両方から、ものが見られる日本の定規を手にいれ、しかも、世界中でコミュニケーションの道具として使える英語をほぼ仕事で使えるところまで、手にしてしまったことを今、たいへん感謝するとともに、それを手に、同年齢の方々よりはるかに進んだ立場で物事を考えていると思っています。
皆さんの文を読むにつけ、帰国後の受け入れがひどかった為か、被害者意識のみが目立って、自分が自然に与えられてきた宝のようなものを、意識して取り出し、自分の武器にすることを忘れているような気がします。
私はバングラデシュで13ケ国の人達と、一緒に仕事をしたことがあります。ホテルの仕事でしたが、全員がお国なまりの英語で、たどたどしく話し、それでちゃんと仕事ができ、かつ、その国々の特徴をいかんなく発揮して助けあい、すばらしい生活環境をつくっていました。フィリッピン人はサービス精神を、韓国人はプライドと律儀さを、ホンコン人は金勘定を間違えず、日本人は思いやりとやさしさを売り物にしていました。
そういう姿をみると、皆さんの被害者意識はいったいなんなのでしょうかね。その延長線上にはインドのカースト、階級社会の人達のような姿がちらついてくるのです。
筆者のホームページ(Prince Kindergarten, Yokohama, Japan)
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