私情つうしん 第10号 1997年4月発行

応援席


私情つうしん へのメッセージ

by 大塚愛里
by Morris 麗子
by 貞広 賢
by 大村朋子
by 前田英樹
by 李 正美
by 野宮あす美
by Masabumi TANABE
by Vincent FIKE
by 田中康善

kabuto (Japanese helmets) graphics courtesy of Ms. K. Sato


あなたも『私情つうしん』にメッセージをお寄せください。

大塚愛里

“内国子女教育の歴史”(リンクは連載の初回へ=編集部注)読ませていただきました。笑いました :)
 私は3歳から8歳までシンガポールで育った帰国子女の一人です。
 ふるいえさんは人文系の方かしら。価値観が多様化している今日においては誰にでも読める読み物って少ないと思います。だから対象を誰に絞って書くかってことがその読み物の個性の大切な一要素になると思います。
 インターネットで日本国内外の帰国子女を結ぶ、そして帰国子女を対象に書く、インターネットの使い方の利点を上手に生かしていらっしゃると思います。
 お手本にさせていただきたいです。ふるいえさんの着眼センスはとても新鮮でした。
 連載、続けて読ませていただきます。挿し絵も面白いので、担当の方にお忙しくとも何とか描いてくださいねとお伝えくださいませ。

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お手紙は編集部にも送られます
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麗子モリス
Reiko O. Morris

はじめまして。
 もう11年も前になりますが高校3年の時交換留学生として1年間オーストラリアのメルボルンに留学した経験があります。たった1年の留学で、しかも高校の代表として(いちおう……)留学したのですが、帰国してからの学校・クラスメートの冷たい態度、そしてなにより「目立った者」「英語かぶれしたイヤなやつ」という周囲の人間の扱いを痛いほど味わいました。たった1年行っただけでこのような反応を受けたわけですから、みなさんの帰国なさってからの経験はさぞ大変だったことでしょう。
 私は、実は、「留学生でありながら日本人学校(補習校)に通った経験」を持っています。期間は4カ月ほどの短いものでしたが、私を受け入れたメルボルンのホストスクールが、日本からの留学生が私が第1号で、しかも帰国したら高校3年生に復学するということを危惧して、「我が校に留学したから日本での大学受験に失敗した、と言われるのは困る」と判断したようで、メルボルンの日本人会を説得して(当時は日本人学校に入学するには日本人会からOKをもらわないといけなかったようです)私を無理やり受け入れさせた、というわけです。
 高校生のクラスに入れてもらい(当時は人数も今ほど多くなく、高校生対象のクラスは1クラスしかありませんでした)、クラスメイトもできました。その中の数人にはとても仲良くしてもらい、お別れパーティにも来てもらったほどです。彼女達の一人が「私達はあなたのように自ら希望してこの地にやってきたわけじゃない。現地校では授業からなんとなく取り残されているような気がするし、補習校では授業がわからない。そしてあと1年ちょっとで大学受験のために自分一人さきに日本に帰国しなければいけない。毎日がなんとなく過ぎていくし、自分自身のことがよくわからない。何がほしいのか、何がしたいのか……」と、素直な心のうちを告白してくれたこともありました。
 私自身、帰国してからのクラスメートの反応がたまらなくイヤでした。そもそも小さいころから父の仕事のつごうで転勤ばかり繰り返していましたし、学校も小学校から中学までで3回変わっています。常に私は「転校生」。自分自身には「故郷」と呼べる土地がどこなのか、まったくわからないのです。いつも心の中で「私はここには属さない人間だ」と思いながら暮らしてきましたので、逆に気がラクだったこともあります。しかし、「外から来た自分」が心の中に常にいると、その土地土地の人々の考え方や物事への接し方、教育のシステムやそれに対しての順応度などを客観的に見ることができると思います。それはかえって私には良いことかも知れません。
 今秋、アメリカ人のパートナーと結婚しました。ホームページを開設し、「国際結婚、言われるほどステキじゃない」というテーマを中心に、在日外国人、バイリンガリズムなどにも焦点を当てて、みんなで一緒に考えることを目指しています。
 私は「帰国子女」ではありませんが、(ところで、ノーラ・コーリさんがおっしゃっているように私もこの言葉には疑問を感じます)皆さんの活動に賛同しますし、応援させていただきます。

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貞広 賢
Ken SADAHIRO

Hello folks:
 I ran into your web page, and I am impressed!!! I am a 帰国子女 myself, having returned to the US to pursue a career and a life. (I can't stand living in Japan, IMHO) I've been living in the US for over 21 years now, and my Japanese identity is slowly fading away. Oh well....

A short bio of myself:
* born in Tokyo (1969)
* moved to Seattle, WA (1971), started grade school there and Saturday Japanese school
* moved to Kawasaki (1978)
* moved back to Seattle, WA (1982), went thru Jr. High, High School, college
* currently married to a Punjabi woman (since 1993), living in Austin, TX, working as a software engineer.
So you see, I have had the best of both worlds. My whole family is in Japan now. (Except for a cousin who is currently studying at Portland State Univ.)

When I returned to Japan in the middle of 2nd grade (1978), I remember feeling like I had a better time as a kid in the US as compared to Japan. My parents put me in a Juku at the end of 4th grade, and you know how that goes - no more play time. Your golden years are consumed with your nose buried in books.

One advice to all the Kikokushijo who return to Japan:
Never lose what you earned from your life outside of Japan. I know there is a lot of pressure to re-assimilate back into the Japanese culture, but it's the new edge that make each and every one of us Kikokushijo "special". Don't flaunt it, but don't hide it either - use it to your advantage!

That's my 2-cents worth of input!
I'll be looking forward to your upcoming issues!

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