私情つうしん 第10号 1997年4月発行
ノーミンの子がユーミン・フーミンの学校に入ってくると、さまざまな障害があることがわかった。それは最初はテーマパークと化した新生ヤポネシア全域でもほんの数人というほどに稀な例だったが、それだけに当の子どもを受け入れた学校での当惑は大きかった。ともかくノーミンの子はまったく無口で、しかも周囲を見ているばかりで自分の意志では何も行動を起こさないように見えたのである。ノーミンの子はまず知能を疑われ、IQやEQを検査された。性格検査も行われ、身体機能も検査された。しかしこれらのテストを受けさせても、通常の子どもとは若干異なる傾向がたしかに見られはしたものの、見かけの無能ぶりを説明するほどの違いが浮かび上がらない。ノーミンの子どもには何か重大な問題があるに違いないという共通理解が生まれ、内国子女の教育問題と総称された。
問題があるのはたしかだが、では一体何が問題なのか? 教員たちは学界の協力を求め、心理学者や教育学者、言語学者や社会学者、さらには文化人類学者や動物学者、そしてもちろん医者も動員されてノーミンの子どもたちをいじくり回したのである。ユーミンの学校であるから、舞台芸術家やボイス・トレーナー、舞踏家や照明技師までがプロジェクト・チームに加わることもあった。医者は考えられる限りの精密検査を行った。ある日は無菌室に隔離されて何か病原菌に侵されているのではないかと疑われ、またある日は広大な舞台の上に一人立たされて赤や黄色、青や紫の照明を浴びながら、さまざまな体勢で吠えたり唸らされたりすることもあった。きちんと日本語を理解していることはわかるのだが、いつでもどこでもモジモジしているばかりで、人前で堂々と話すことができない。自分の意見を述べることもない。これはユーミンにとってはまったく不可思議な現象であった。照明によって、あるいは効果音によって環境を変えながら、ユーミン的な素質がどこかに隠れていないかと探ったが、指示されたことを忠実に守っているばかりで、創意工夫など薬にするほども見られない。声が出せることはわかったが、話す内容にはまったく新味がない。それではと、動物学者はサルや犬、キジやカニなどといっしょの檻に子どもを閉じ込めて、モモタロウなどの伝説に伝えられている行動パターンを示さないものかと期待した。ありとあらゆる方法でこの子が「普通でない」理由が求められた。
これらの検査が行われた過程とその結果については、膨大な資料が残されている。しかし、最後に浮かび上がったのは、ともかく外国語の能力がまったくないという素朴な事実のみであったとされている。
原因が明らかになった。外国語ができないから、母国語も理解が十分でなく、それゆえにノーミンの子はまったく自己表現をしないのであろう、と。原因がわかれば対策を立てることは簡単である。まずは徹底的に外国語を身につけさせること。
その当時の外国語教育では、外国語を身につけさせるためにはまず母国語を利用して外国語の語彙に親しんでいくことがベストとされていた。そこでまずはノーミンの子どもたちに外来語で話すことを強制することになった。「牛乳」と言えば「ミルク」と言い直させ、「ご飯」は「ライス」、「おもちゃ」は「トーイ」である。
あるノーミンの子は鞄の中に手帳と教科書、物差しと筆入れを入れて学校に行ったのであるが、持ち物検査の際にこれらのものの名前を言うように指導された。彼は「バッグのインサイドにはノートとテキスト、ルーラとペンケース」ときちんと言えたのであるが、次に筆入れの中身を言えと言われて「ペンシルと消しゴム」と口を滑らせてしまい、あわてて「ラバー」と言い直した。どこかで消しゴムのことをラバーと言うと耳にしていたからそうしたのであったが、残念なことにその時、彼の周囲にはアメリカ英語を理解する人間ばかりしかいなかった。
消しゴムのことをラバーというのはイギリス英語である。アメリカ英語でラバーと言えば成人男女(男男であることもある)が閨房で用いるゴム製品の意味になってしまう。周囲のユーミンたちの意味ありげな笑いにこの子は発音が悪いのかと何度も繰り返してラバーと言ったのだが、その度にloverと聞こえたりrubberと聞こえたりするものだから、周囲は余計におかしい。とうとう大爆笑されてしまった。
笑われることはユーミンにとってはコメディアンの素質を証明する名誉ともなるが、ノーミンの文化においてはこれ以上の屈辱はない。登校拒否に陥ったこの子は、3日後に雪辱を期して学校の大講堂に一人で現れみずからの腹を切り、命を絶った。ユーミンの教師が自分たちの指導の成果よろしく、この子が最後に見事なパフォーマンスをしたと大喜びしたのは、もちろんのことである。