私情つうしん 第10号 1997年4月発行
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アメリカ移民法改正と
日本人の現地校就学事情
〜松本輝彦氏の講演から〜
2月26日、東京で「海外の生活と教育を考える会」の第2回会合が開かれた。この会は以前に企業の海外子女教育相談員だった人などが中心になって自主的な研鑽のために開いているもので、ロサンゼルスから松本輝彦氏を迎えて、アメリカ合衆国における日本人の子どもたちの現地校就学について、最新の情報を聞いた。
松本氏は長くロサンゼルスに住み、1987年からは育英セミナーで、また最近はシグマ・スクール(私立の全日制現地校)を開校して日本人の子どもたちを相手に現地校への適応や帰国準備のための教育に当たっている。
以下、この会の事務局となっている異文化教育研究センターの清島 眞氏ならびに松本氏の承諾を得て、この講演の要旨を報告する。
移民法改正によって「逆単身」が難しくなる
1997年4月1日から、アメリカの新しい移民法が施行される。重要な変更点は、アメリカへの不法滞在について罰則が強化される点にある。違法滞在状態が半年以上続いていることが発覚すれば、3年間の入国禁止が科され、違法滞在が1年を超えていれば入国禁止は10年間に延びる。また、留学生としての滞在許可となるF-1ビザの取得のためにはI-20と呼ばれる書類が必要で、地元の学校区(教育委員会)がこれを発行する権限を持っているが、新移民法では小学生には発行禁止、中学・高校生にも実質的に発行できなくなる。中学生と高校生については、税金で補助している金額を生徒が払う事を条件として1年以内の在学許可を与える事ができるものの、その金額の算出の困難さなどを理由に、ある学校区では昨年の11月にI-20の発行をすでに中止した。その結果、高校以下の公立学校に在学する目的でF-1ビザを取得することが不可能になる。
これは具体的には、たとえば日本人駐在員の子どもで現地校に通っている場合に、深刻な影響をもたらすことになる。父親(など、派遣されている駐在員本人)の任期が切れた時点で家族も帰国せざるを得なくなる。たとえば高校の卒業時点まで子どもだけで、あるいは父親を除く家族だけで滞米し続けようという場合に、ビザがなくなってしまうのだ。駐在員である父親がアメリカで合法的に仕事をしている間は家族全員にEやLなどのビザが支給されているが、帰任と同時に全員のものが無効になる。一方で子どもには留学生ビザが必要になるが、公立学校ではこれが取得できなくなるというわけだ。母親の残留もむずかしくなる。つまり「逆単身」と呼ばれる父親だけの先行帰国が難しくなる。
アメリカの私立学校は高校レベルではparochial schoolと呼ばれる宗教系の学校か、あるいはprep schoolと呼ばれる受験校かのいずれかが大多数である。いずれも外国人の子どもたちを受け入れてきた実績に乏しく、ESL(外国語としての英語)の授業を設けているところは少ない。私立ならば学校単位でI-20を発給することができるが、そのためには学校自体が移民局の資格認定を受けていることが必要で、この資格を取得している学校は少ない。
実際問題として移民法の改正によって滞在資格を失った子どもが数多く公立学校に通い続けることになると予想されるが、これに対して各学校区がどのように対応することになるかは、施行されるまでわからない。一人一人の生徒に滞在資格を問うとすれば、各国からの不法移民の多い学校などでは生徒の大半が消えてしまうことにもなりかねない。しかし不法滞在に対する罰則規定まで設けられれば、不法移民の学習の権利をめぐって従来から移民局とは軋轢の多かった学校区としても法律を尊重しなければならない圧力は高まるだろう。不法滞在が摘発されなければいいだろうと「逆単身」を行って通学を続けるという選択もあるだろうが、摘発された場合には会社ぐるみの組織的犯行とされてしまうことも考えられる。唯一の解決は駐在中に家族全員のためにグリーンカードと呼ばれる永住権を取得しておくことだ。この移民法は施行後に見直されることにもなっており、また違憲だとする訴訟が起こされる可能性も高いが、とりあえずは注視しておく必要がある。
現地校での日本人冷遇
移民法の改正は最近のアメリカ社会の保守化傾向の一つの現れである。新しい移民に対しては全体的に冷たくなっているのである。しかもその中で、日本人はますます冷遇されるようになっている。
たとえばロサンゼルス郊外パロス・バーデスのとある高校では、5年前には3000人の生徒のうち300人が日本人で、校内では最大のマイノリティであった。しかし現在は4000人中日本人は90人だけで、最大のマイノリティは韓国系であり、日本人は中国系についで第3の勢力になっている。韓国系や中国系の子どもたちはアメリカへの永住をめざしているのに対し、日本人の子どもたちは数年の短期滞在である。
アメリカが保守化する中でもともとESLやバイリンガル教育の予算は削減され、そのための教員の数も教室の数も削減されてきているが、もしこういう授業を維持するのであれば日本人を対象にしたものではなく、韓国語で英語を教えることへの需要が大きくもありまた切実でもある。
同様のことは地方でも起こっている。たとえばケンタッキー州レキシントンには日本の自動車メーカーが工場を建設したために数多くの日本人家庭が住むようになったが、当初地元の学校区は地域産業の振興のためにもこれを歓迎し、すべての公立学校で日本人の子どもを受け入れるためのESLを整えた。しかし現地校でいくら予算を使って力を入れてこの子どもたちに英語を教えても、日本人はやがて帰国していく。現地への適応をすべて現地校任せにしておきながら、ある日突然、子どもが宿題をまったくやってこなくなり、現地校の授業でも「お客さん」に戻ってしまう。母親を呼び出して聞いてみると、「もうすぐ帰国することになったので、その準備だけをするようにと子どもに言いました」と言われる。これがくり返されると、どんなに熱心な教師であっても無力感が募り、日本人を教えることへの情熱が失せていく。レキシントンでは数年前、ESLの教室をいくつかの学校に統合し、日本人の子どもをそこに集めるようになった。さらに、そのESLの教室から一般学級への転出を難しくした。要するに日本人の子どもたちを囲いこみ、その中で数年間を安住させるだけでいいという方針である。現在、アメリカの地方都市でも日本人のための受験塾が存在し、現地校に通っているといっても形ばかりで、日本人の子どもたちだけの集団の中で日本に目を向けた生活を送っている実態が出現している。
日本人側の問題
これはもちろん日本人の側にも問題がある。現地校に通うことを英語の習得のためだとしか見ていない保護者が多い。しかも彼らは子ども同士で遊びに使う生活言語が達者になればそれで「英語ができるようになった」と考え、学校では学習言語としてより高度な言語力が必要なことに目が向かない。その結果、現地校に通って英語で生活している間、子どもは年齢相応の学習を行ってさまざまな知識や技能を身につける機会を失ってしまう。ましてESLだけに通っているのでは、ただ英語でおしゃべりできるようになった、という数年間を送ることになりかねない。さらにアメリカの大都会に住めば日本の都会に住むのと大差ない生活環境があることにだまされて「外国に来た」という異文化への自覚がない親も多い。食生活から何もかも日本と同じ暮らしをしていて、学校にも日本と同じであるように求めたとしても、それは現地校の教員から見ればナンセンスな驕りにしか見えない。
また、日本国内における帰国子女教育の現状も不十分である。たとえば中学校や高校での帰国子女のための入試は、ごく一部の学校を除いて国内で育った子どもと同じ内容と水準の学力検査を課している。現地校での学習成果を尊重してくれるごく一部の学校に必ず受け入れてもらえる保証があれば別だが、数校受験するとなれば国内並の受験勉強がどうしても必要になる。そのためにはやはり海外でも受験塾に通うことに拍車がかかる。
大学入試では唯一現地校の学習成果が尊重されるが、それにしても要求水準は高い。ある有名大学の帰国子女入試ではTOEFLで620点、SATで1250点がボーダーラインとされているように見受けられるが、まずTOEFLの620点というのはESLにおける学習だけではムリであり、むしろ一般のアメリカ人の子どもの中でも優等生のクラスに入って伍していくぐらいの水準である。またSATについても、全米平均が1000点という現状だから、1250点というのは全米で上位6〜7%に入る。これだけの学力を身につけるためには、なるべく早く学習言語としての英語を身につけ、一般のアメリカ人の子どもたちと机を並べて学ぶことが必要になる。到着後半年以内に徹底的な英語の学習と現地への「本住まい」としての適応教育が必要なゆえんである。文責=古家 淳
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